マセラティシャマル

エンジンヘッドカバー左右結晶塗装劣化が有る為、リペアする場合20万程別途費用がかかります。
社外エアクリーナーが装備されておりますが、純正エアクリーナーもございます。
1914年に創業を開始したマセラティは、2024年にはめでたく創立110周年を迎え「フォルゴーレ=稲妻」と呼ばれる電動化戦略を導入しながら、新時代へと新たな歩みを見せている。創業以来、波瀾万丈のストーリーで語られる事の多いマセラティの歴史の中で、ひときわスリリングでダイナミックな変化に富んだ展開が見られたのが、アレッサンドロ・デ・トマソがオーナーだった時代と言のえるかもしれない。既に自身の名前を冠した自動車会社を経営していたデ・トマソは、名門モトグッツィを擁する2輪メーカーのベネリを始め、イノチェンティもその傘下におさめ1975年11月当時、親会社のシトロエンからマセラティ株の30%を買い取るとGEPI(イタリアの労働供給公社)と話し合いを経て年々持株の比率を増やし79年には株式の80%を所有する事となる。デ・トマソが瀕死の状態のマセラティを救済に乗り出したのは、かつて自身が生まれ育ったアルゼンチンから単身イタリアに辿り着き、マセラティでメカニックとして職を与えられ、ワークス・ドライバーにまで抜擢された経緯があり「この社名を消す訳にはいかない」という思いからの行動だったといわれている。それ以前の1960年代から70年代にかけて高性能車メーカーとして歩み続けた時代のマセラティは、アドルフォ・オルシ、オメール・オルシ親子によるオルシ財閥を主軸に、チーフ・エンジニアのジュリオ・アルフィエーリ、テストドライバーのグェリーノ・ベルトッキが脇を固め、エンブレムとして使われる三叉の矛の様に強い結束を見せていた。しかしオイル・ショックの煽りでシトロエンとの提携に翳りが見え始めると、オルシ家は経営から手を引き、アルフィエーリはランボルギーニへと籍を移し、残されたベルトッキは、デ・トマソに移籍して顧客のテストドライブに同乗中、事故に遭遇し不運にも命を落としてしまう。グェリーノ・ベルトッキはマセラティではレーシングカーとロードカー、双方のチーフ・テストドライバーを務め、その手腕により「250F」や初期の「バードケージ(Tipo60)」の様に、最高速度やパフォーマンスではライバルに一歩譲りながらも、バランスの良いハンドリングに仕立てる事で、互角以上の戦いを繰り広げ戦績を残してきた。60年代の「ギブリ」に於いても、敢えてリア・サスペンションに半楕円リーフによるリジットを採用したのもベルトッキの裁量といわれている。落ち着きがあり、穏やかな性格でありながら、ひとたびサーキットを走らせればワールドチャンピオンであるファン・マヌエル・ファンジオに迫るタイムを記録する腕前を持っていた。そのベルトッキの葬儀にはルイジ・ヴィロレーシやピエロ・タルッフィら多くの友人達が参列し、真白のマセラティのオーバーオールに包まれ葬られたと記事にもなった。そのベルトッキの息子、アウレリオ・ベルトッキは父親の自動車に対する熱い血を受け継いで、技術者としてデ・トマソとマセラティで働きエンジニアリング・ディレクターとして「キャラミ」「クワトロポルテ」を生み出す。ベルトッキ親子により支えられたマセラティはデ・トマソ・グループの後ろ盾を有効に使って、1981年12月になるとマセラティ再生の鍵となる「ビトゥルボ」を発表する。BMW3シリーズをはじめとするプレミアム・コンパクトクラスにターゲットを絞った小柄な「ビトゥルボ」は、元ピニンファリーナに在籍したピアランジェロ・アンドレアーニによる端正な2ドア・クーペボディをもつ。搭載されるエンジンは、1970年にマセラティに入社したヴァルター・ギドーニにより設計され、新開発となる2ℓ・90°V6・SOHC18バルブエンジンで、車名の由来となる2基のIHI製ターボチャージャーを備えていた。それまでのマセラティ生産車とは全く異なるテイストの「ビトゥルボ」は、発案者であるデ・トマソの思惑通り発売直後からヒットし、マセラティの歴史に残る量販モデルとなり、窮地のマセラティを救う事となる。その後「ビトゥルボ」はエンジン排気量を拡大し、ボディバリエーションを増やしながらシリーズを通してよりラグジュアリーな方向にシフトしていった。かつてはグランプリカーを生産しレースで競ってきたマセラティは、1988年にデビューする「ビトゥルボ」の派生モデル「カリフ」によりスポーツマインドを取り戻すきっかけを作る。そして翌年の1989年の暮れも押し迫る12月14日、マセラティの創業記念日にあたるこの日に、本拠地モデナのマセラティ本社で発表されたのが「ビトゥルボ」シリーズ最強の進化型ともいえるモデル「シャマル」だった。最大の特徴は、搭載されるエンジンがV6・ツインターボでは無く新開発のV8・ツインターボエンジンである事。その上、短いホイールベースに抑揚に富んだフェンダーをもつボディは、元カロッツェリア・ベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニによるもので、このデザイナーならではのリア・ホイールアーチ形状やウィンドウスクリーン直前のスポイラー、独特なデザインのヘッドライトや特徴的な半艶グレーに塗られた太いBピラー、ハイデッキのトランクリッドをもつ。シルエットは端正な「ビトゥルボ」を踏襲しながらも、スパルタンなイメージを発散するディテールで包まれたボディの「シャマル」は、かつての「ボーラ」や「ミストラル」と同様に、マセラティ伝統の風の名前(シャマル=ペルシャ湾で吹く砂塵を伴った強風)を与えられ、270km/hのトップスピードに表されるように、群を抜くパフォーマンスを発揮する。「シャマル」が誕生した1980年代の後半には「ランボルギーニ・ディアブロ」はじめ、モンスター級のスーパースポーツが各社から発表され、ポルシェが「959」を、フェラーリは「288GTO」から進化した「F40」をデビューさせている。そしてその流れは90年代を迎えるとジャガーから「XJ220」「XJR15」が、ブガッティからは「EB110」、続けてマクラーレンが「F1」をデビューさせ、さながらスーパースポーツの黄金期といえる時代だった。新たにゼロからスーパースポーツを産み出す程の余力の無かったマセラティは、当時の持てる技術とイマジネーション、そして使える部品をフルに活用して造りあげたのが「シャマル」となっている。他のスーパースポーツに見劣りしない存在感溢れるエクステリアにはそういう理由が含まれ、ガンディーニに手腕により表現されている。 1990年から92年の短期間生産モデルでありながら、とても強いインパクトを残した希少なモデルとなっている。「シャマル」に搭載されるエンジンは、「ビトゥルボ」に搭載されるV6ツインターボ・エンジン同様、ヴァルター・ギドーニ設計による新開発の水冷V型8気筒DOHC32バルブとなっている。ボア×ストローク80mm×80mmのスクエアとなり、3217ccの排気量を得る。各バンク2本ずつ存在するカムシャフトは、長いコックドベルトによりクランクから両バンクの排気バルブ側のカムシャフトを回し、排気側カムの後端からチェーンにより吸気側カムシャフトを駆動する仕組みをもつ。4バルブ化されたエンジン・ヘッドは、コンパクトな燃焼室を実現する為にバルブ挟み角は20°とされている。各バンクに備わるインタークーラー付き水油冷式ターボチャージャーはIHI製となり、ウェーバー・マレリIAW燃料噴射装置と7.5の圧縮比から、最高出力325馬力/6000rpmと最大トルク44.0kgm/3000rpmを発揮する。このエンジンは、効率の良さから試作段階では360〜380馬力を難なく発揮し、有り余るパワーをデチューンして搭載されたといわれている。このエンジンの最大の特徴は「ビトゥルボ」シリーズの搭載エンジンの中で、唯一のV型8気筒エンジンであるとともに、シングルプレーン式クランクシャフトが採用されている事。90°・V8エンジンの場合、静粛性とスムーズな回転に配慮して、通常は90°クランクとなるダブルプレーン式クランクシャフトが選ばれるが、等間隔爆発と慣性吸排気によりパワーアップが狙え、カウンターウェイトを持たない事でレスポンス向上にもつながるシングルプレーン式を敢えて採用している。この方式では、振動がダブルプレーン式に比べ劣るとされるが、フェラーリはじめランボルギーニもシングルプレーン式を採用し、パワー重視の設計であるとともにレーシーなサウンドを響かせるエンジンとなっている。この「シャマル」に搭載されるエンジンをベースとする、V8ユニットは「クワトロポルテⅣ」や「3200GT」にも搭載されるが、ダブルプレーン式のクランクシャフトに変更されているので、その回り方が全く異なる。そういう観点からも「シャマル」に搭載されるエンジンは、特別仕立てともいえる純マセラティ製エンジンとなっている。組み合わされるトランスミッションは鍛造製法でギアを製造している事が特徴となる、ゲトラグ社製の6速マニュアルトランスミッションが採用される。ゲトラグ社は現在カナダのマグナ・インターナショナルに吸収合併され「マグナ・パワートレイン」として存在し、DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の製造や、ハイブリッド・システムの開発を行っている。リアデフにはトルセン式とは異なるウォームギアを利用したマセラティ製LSDとなる”レンジャー・デフ“を装備する。「シャマル」発表の翌年、モックアップの段階で発表され、生産には至らなかったガンディーニのデザインとなるミッドシップ・プロトタイプモデル「マセラティ・チュバスコ」では「シャマル」に搭載されたエンジンを最高出力430馬力迄パワーアップして搭載するとアナウンスされていた事から推察すると、パワーと耐久性に伸びしろを感じさせる設計が施されたV8エンジンといえるだろう。足回りはフロントはマクファーソン・ストラット+コイル、リアはセミトレーリングアーム+コイルとなり、前後ともにスタビライザーを備える。リアのセミトレーリングアームはそれまでの鋼板プレス製から、新たに剛性確保と軽量化の為、円断面鋼管で立体的に組み上げられたもので一見マルチリンク式にも見えるものとなっている。ショックアブソーバーはKONI社と共同開発による、減衰力を4段階に任意に切り替えられるものが装備されている。ブレーキはフロント・ベンチレーテッドディスク、リア・ソリッドディスクが装備され、それぞれシングルポットのフローティングキャリパーと組み合わされている。シングルポットのキャリパーであってもブレーキのタッチは硬質となり、マスターシリンダーや配管接合部の剛性がしっかりとしている為、確実にスピードを制御出来るものとなる。アルミホイールはOZ製7本スポーク・デザインとなり、フロント・8J×16、リア・9J×16インチサイズで、前後それぞれ225/45ZR16、245/45ZR16サイズのタイヤが組み合わされている。 インテリアは、明るい色のレザーとウッドで人気のあった「ビトゥルボ」のデザインを引用しながらも、ブラックパネルとブラックレザーで覆われたスポーツイメージを強調した空間となっている。その中に「ビトゥルボ」のアイデンティティであったゴールドのオーバル型アナログ時計が、ダッシュボード中央に異彩を放つカタチでレイアウトされる。メータークラスターには大小7つのメーターが収まり、大径スピードメーターは300km/hまで刻まれ、ブースト計を挟んで右側には8000rpmまで刻まれた、タコメーターがレイアウトされる。メーター類は全て視認性に優れるveglia製となっている。シフトノブは握りの良いウッド製とされ、黒一色のインテリアの中で、時計とならびアクセントとなる。ハザードスイッチを中心とするボタン・スイッチ類が並べられた下方には、タッチ式スイッチが採用された空調操作パネルがレイアウトされている。大ぶりな角張ったデザインのバケットタイプのシートは「シャマル」専用となり太腿の裏が盛り上がる独特のデザインが施され、バックレストは電動調整式が採用されている。リアに2名分のシートが装備されるが、オケージョナルシートとよぶべきレベルのもので荷物置き場としては便利な空間となる。この「シャマル」専用ともいえる黒一色のインテリアは、モデル末期になると他の「ビトゥルボ」シリーズ各モデル同様に、ウッドトリムが配されたり、明るめのグレーレザーが用いられた個体もデリバリーされるようになる。あわせてボディカラーも発表当初は赤と黒、黒メタリックしか設定されていなかったが、後半には白や紺色の個体も輸入されるようになった。全長×全高×全幅は、4100mm×1850mm×1300mm、ホイールベースは2400mm、トレッド前1512mm、後1550mm、車両重量1430kg。燃料タンク容量は80ℓ、最小回転半径は5.6m、生産台数は僅か369台となり、新車時価格1385万円(1992年当時)となっている。︎ メーカー公表性能値は、0→100km/h加速5.3秒、0→1km加速24.9秒、最高速度260km/h以上となり、カーグラフィック誌による実測値は、雨の中での測定値として0→100km/h加速7.4秒、0→400m加速14.9秒、0→1km加速26.4秒と掲載されている。 全長の短さの割には車幅が広い「シャマル」の独特のボディは、現代の車列の中では小さくても存在感あるフォルムとなり、遠目に見ても極めて強いオーラを発揮している様に見える。歩み寄って四角いドアを開けて、それほど低くないシートに腰を下ろすと、見た目よりは柔らかく身体をホールドしてくれるが、太腿の裏が盛り上がった独特の座り心地を覚える。ステアリングコラムにキーを差し込みエンジンを始動するとV6エンジン系の「ビトゥルボ」シリーズ各車とは明らかに異なる、滑らかな連続したビートとともに音量はそれほどでもないが、印象的なサウンドを聴かせてくれる。手に馴染みやすい形状のウッド製シフトノブで、やや節度感にかける感触を気にしながら左前方の1速を選び、クラッチをゆっくりリリースすると「シャマル」は滑らかに走り出す。ターボ車でありながら、低速トルクも充分で良好なエンジンレスポンスを味わいながら、本格的にターボが効果を表す前のタウンスピードに於いてもとても走りやすい。この感覚はV6エンジン系の「ギブリⅡ」等とは異なり、400cc大きな排気量が効いているのか、或はターボチャージャーの加圧具合に違いがあるのか、いずれにしてもパワーバンドが広く扱いやすい印象となる。3000rpmを超えると本格的にターボが効き出すのがわかるが、何処かでハッキリと段差を感じるタイプではなく、回転の上昇に伴いリニアに強烈なトルクがわき上がり、V8エンジンならではのサウンドとともに速度を上げていける。アグレッシブともいえるエクステリアから想像される、乗り心地の荒さは微塵も感じられず、高い剛性をもつモノコックボディに対して、ショックアブソーバーが良く動いてくれる事とホイールベースの中央に位置するドライビングポジションにより滑らかなライドフィーリングが味わえる。またコーナリングもV6エンジン系「ビトゥルボ」各車とは異なり重いハズのノーズを忘れさせる程、アンダーを感じさせる事無くニュートラルな感覚でステアリングを操作した分だけ素直にコーナーに入って行く事が可能となる。そして出口では、強力なトルクにより安定した脱出加速が楽しめるが、短いホイールベースである事を気にしながら、油断せずにアクセルを開けることをお勧めする。溢れるトルク、強力なパワーはスタビリティコントロールやトラクションコントロールの装備が無く、ABSをも装備しない「シャマル」では、全てはドライバーに委ねられる。思うがままに走りを楽しむことが出来る一方で、直進安定性が高く洗練された乗り味を持つことで、GTとしての資質もとても高い。少ない生産台数の「シャマル」は、ここに来て海外でもそのキャラクターと存在感が見直されつつあるモデルとなっている。特徴的なルックスと短いホイールベースからイメージされる性格より、実はマセラティらしく深みのある遥かに大人寄りのスポーツカーに仕立てられている。この洗練されたGT感こそ、かつてのマセラティ生産車が持っていた本来あるべき姿と言えるのかもしれない。揺るぎない安定感と有り余るトルクにより自在なスピードの調節が可能となり、ドライバーは疲れを感じることなく遠くまで走り続けることが出来る。考えてみれば現在ラインナップされているマセラティ各車がもつキャラクターに近いとも考えられる。偶然にも最新のマセラティ各車に搭載される新開発の「ネットゥーノ」ユニットは、現代における最新の「ビトゥルボ=ツインターボ」エンジンである。この現実を鑑みれば、時代を超えて引き継がれるマセラティの系譜を感じずにはいられない。その中でも「シャマル」のアグレッシブなエクステリアデザインは特出したものとなり、数あるガンディーニ・デザインの中でも強い印象を残すものとなっている。