サイズ
長 481.0 cm 幅 174.0 cm 高 136.0 cm
第二次世界大戦後のBMW社は、戦争前と同様に高品質の高級車による少量生産を貫こうとしていた。贅沢で先進的な技術を誇った高級車は、人々の生活状態や経済状況に全く配慮していないことから販売を伸ばせず、経営状況は悪化の一途を辿ってしまう。この状況からBMW社をはじめに救ったのは1955年から販売された、庶民の為の小さなキャビン・スクーター「イセッタ」だった。イタリアのイソ社が生産する「イセッタ」を、BMW社がライセンス生産することで大ヒットに結びついた。それでもまだ1959年には、政府主導でダイムラー・ベンツへの身売りまで取り沙汰されるという流れは変わらず、労働者及び地元の人々を中心とした少数株主達は強固に反対し、BMW社は独力で歩む事を主張した。結果的に終止符を打ったのはドイツ・ミュンヘンの大投資家ヘルベルト・クヴァントで、所有するBMW社株を30%から50%に増やす事で何とか吸収を免れBMW社は存続する事となる。クヴァントのバックアップの下、新たなプロジェクトとしてBMW社は自社のオートバイ技術を活かした「700」というモデルを発表する。イタリアのカロッツェリア・ミケロッティがボディデザインを担当する「700」は、2ドア・小型車となりセダン、クーペ、カブリオレのボディが存在した。BMW製オートバイ「R67」用の水平対向2気筒エンジンをリアに搭載し、小型軽量で最も高性能だったクーペモデルは、BMW社に再びモータースポーツへの復帰をもたらした。「700」に続いてBMW社は、1961年のフランクフルトショーに於いて高級車「502」と小型車「700」の間のクラスの新型車を発表した。開発責任者としてフリッツ・フィードラー技師を中心に設計されたのがE6型のコードネームをもつ「1500」こと“ノイエ・クラッセ=新しいクラス“となる。ボディデザインは「700」に続きミケロッティが担当し、広いグラス・エリアと細いピラーをもち、ボクシーな先進の高剛性モノコック・ボディは、当時としてはモダンなデザインが施されていた。キドニーグリルが与えられたフロントフェイスは逆スラントノーズとなり、現在まで続くBMW車のイメージが確立されたモデルとなる。フロントにマクファーソン・ストラット、リアにセミ・トレーリングアームが採用された足回りも、その後、長らくBMW車に用いられ、熟成を重ねる事で1980年代まで世界中のFR車の教科書ともいえるサスペンション型式となった。エンジンはBMW社の技術者のリーダー、アレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼンを先頭に、後に設立される「M社」の責任者となるパウル・ロシェはじめ、若き精鋭達による設計の新開発4気筒エンジン「M115型」を搭載。このエンジンは、頑強な鋳鉄ブロックに軽合金製ヘッドを組みあわせ、チェーン駆動のSOHCからロッカーを介して半円球燃焼室を備え、現代的な冷却システムが採用されていた。全てが、この当時の一歩先を行くエンジニアリングに満ちた“ノイエ・クラッセ“は瞬く間にヒットし、勢いを取り戻したBMW社は、奇跡ともいえる大躍進を遂げた。その勢いはとどまるところを知らず、4ドアセダンボディで登場した「1500」は、ホイールベースを短縮し2ドアとした「02」シリーズを派生させる。また逆に拡大されたセダンボディは「2500/2800サルーン」(E3型)を生み出し、更にその2ドアクーペモデルとなるカロッツェリア・ベルトーネデザインによる「2000C/CS」まで発展させた。エンジンも"ノイエ・クラッセ"用の直列4気筒の設計をそのまま活用し、2気筒加えることで6気筒とし、後に"ビック・シックス"の愛称でよばれるものを構築する。1970年代に入ると"ノイエ・クラッセ"を起点とした車種の拡がりが現代に続くBMWのラインナップを形成する。「02」シリーズは、「3シリーズ」(E21型)に、"ノイエ・クラッセ"は「5シリーズ」(E12型)、「CS」6気筒モデルは「6シリーズ」(E24型)に、そして6気筒サルーンが「7シリーズ」(E23型)となり販路を拡大していく。"ノイエ・クラッセ"の基本的なメカニズムをベースに徹底的に熟成と洗練を重ねながらBMW社は、1980年代まで常に高いドライバビリティと性能を評価されるプレミアムカーメーカーへと成長を遂げた。このラインナップの中でラグジュアリー・クーペとなる「6シリーズ」(E24型)は、戦後のアルブレヒト・フォン・ゲルツ(BMW507や初代日産シルビアのデザイナー)による流麗なボディをもつ「503」から、カロッツェリア・ベルトーネ(フランコ・スカリオーネの後を継いだ、若干21歳のジウジアーロによる、ベルトーネ時代のデザイン)デザインによる「3200CS」を経て「2000CS」「2800CS/3.0CS」からの流れを汲んだ「世界で最も美しいクーペ」といわれたモデル。そのボディデザインは、1970年〜74年までBMW社に在籍していたフランス人デザイナーのポール・ブラック(メルセデスベンツW113型SLに代表されるデザイナーでBMW社の後はプジョーに移籍し205や406などの’80年代〜’90年代車のインテリアデザインを担当している)によるもので、伸びやなフロントノーズ、テールエンドを持ち、広いキャビンとグラスエリア、Cピラーの造形はBMW車の DNAを感じさせるものとなっている。1976年3月にデビューした「6シリーズ」は、カルマン社によりボディ製造され1989年まで生産された。デビュー当時「630CS」と「633CSi」の2グレードでスタートし、日本市場には1977年からオートマチックトランスミッションを備えた「633CSiA」が正規輸入された。1978年になると「628CSi」と「635CSi」が発表され「635CSi」は"ビック・シックス"とよばれたM90系の排気量を拡大した「M1」と同じボア×ストロークをもつエンジンブロックが用いられた3453ccのエンジンが搭載された。ボッシュLジェトロニック燃料噴射装置を備え、9.3の圧縮比から218馬力を発揮し、ヨーロッパ・ツーリングカー・チャンピオンシップのグループAレースでも活躍する。1982年なるとエンジンがM30型系に換装され、3430ccの排気量から211馬力を発揮するエンジンとなった。フロントサスペンションに手が入れられ、リアバンパーがリアフェンダーアーチまで伸ばされるなどエクステリアにもマイナーチェンジが及ぶ。さらにモデル末期が近付く1987年になると、ボディ同色バンパーが装備され、エアロパーツのアップデートが施された。今回入荷した1989年式「635CSi」に搭載されるエンジンはM30B35型とよばれる水冷直列6気筒SOHCとなり、アルミ製ヘッドと鍛造クランクシャフトを備えた鋳鉄ブロックをもつ。ボッシュ・モトロニックDMEⅢ燃料噴射装置を備え、ボア×ストローク92.0mm×86.0mmから排気量3430ccを得る。このエンジンは圧縮比9.0から211馬力/5700rpmと31.1kgm/4000rpmのトルクを発揮する。組み合わされるトランスミッションは変速モード切り替え付きの電子制御式ZF製4速トルコンATとなっている。足回りは、フロント・マクファーソンストラット式+コイル、リア・セミトレーリングアーム式+コイルとなり、前後ともにスタビライザーを備える。「635CSi」は、82年のマイナーチェンジによりフロント・ロアアームは同時期の「5シリーズ」(E28型)と同じダブルジョイント式とされた。またリア・サスペンションにはセルフ・レベリング機構が装備される。ブレーキはフロントに226mm径のベンチレーテッドディスク、リアには250mm径のソリッドディスクが採用されABSが装備される。ブレーキは通常のエンジンの負圧を利用するのではなく、アキュムレーターに溜めたガス圧で作動するタイプとなっている。タイヤサイズは240/45ZR415のミリ表示が特徴となるミシュランTRXが備わり、専用リムを必要とするこのタイヤに組み合わされるのはBBS製メッシュタイプのアルミホイールが装備されている。︎インテリアは、ドライバー正面にメータークラスターを備えるとともに、センターコンソールがドライバー側に向けてレイアウトされている為、囲まれ感のあるコックピットとなっている。380mm径の3本スポークのMテクニック製ステアリングホイールを通して、正面左側に260km/hまで刻まれたスピードメーターと、右側には下部に燃費計を備えた6500rpmからイエローゾーンとなる7000rpm迄の大径のタコメーターが装備される。その間には上に水温計、下に燃料計が備わる。ドライバー側に向けられたセンターコンソール上部には室内空調の調整装置がまとめられ、下部には1DINサイズのオーディオが備わる。メーターパネルの左側には、エンジンオイルや冷却水、灯火類のトラブルが確認出来る、VDO製チェックコントロールパネルが装備される。シフトレバー両脇にはパワーウィンドウ用スイッチが4つレイアウトされ、リア・サイドウィンドウも僅かに下げる事が可能となる。クーペボディであってもリアシートのスペースは充実していて、高めのコンソールで仕切られたセパレートタイプのリア・シートを備え、リア専用のエアコンを装備する。4つのシートは、重厚なバッファローレザーで張られオプション設定時はそれだけで100万円は下らないといわれていたものとなっている。全長×全幅×全高は、4815mm×1740mm×1365mm、ホイールベース2630mm、トレッド前1430mm、後1450mm、車両重量1580kg。最小回転半径5.5m、燃料タンク容量70ℓ、新車時価格948万円となる。︎メーカー公表性能値は最高速度228km/h、0→100km/h加速7.4秒となっている。「世界で最も美しいクーペ」といわしめたボディデザインは、スラリと伸びたノーズとテール、後席の居住性を考慮したゆとりのあるキャビンと広いグラスエリア、そして「ホフマイスターキンク」とよばれるCピラーの造形から成り立つ。BMW車全てに共通するこのリアウィンドウからCピラー付け根の斜めに跳ね上げられた造形は、BMW社のデザイン統括責任者だったヴィルヘルム・ホフマイスターにより提案され、"ノイエ・クラッセ"や「3200CS」から逆スラントノーズとともに用いられ、ポール・ブラックの見事な手腕により「635CSi」でも再現されている。同世代のライバルともいえる「ポルシェ928」や「メルセデスベンツSLC」、「ジャガーXJ-S」とともに10年以上にわたり生産され続けながら熟成されてきた、そのキャラクターは、他のライバル車達と同じくスポーティな性能を重視していた初期モデルに対し、ラグジュアリー要素を加味しながら時代の移行に添わせたのが後期モデルといえるかもしれない。大きめなドアを開いてタップリとしたシートに腰を下ろすと、独特の張りの強いレザーの感覚と高いホールド感が味わえる。スターター・キーを捻ると、BMW社製6気筒らしい金属的な音を響かせ、エンジンが始動しスムーズで穏やかなアイドリングを始める。走り始めると低回転域では、ややトルクの細さを意識させられるかもしれないが、スピードの上昇に比例して豊かなトルクのツキと、滑らかなストレート6の洗練された回転感が楽しめる。重厚感あふれる乗り心地と高い直進安定性をもつ「635CSi」は、疲労感を最小限に抑えながらのロングドライブが可能となる。時間を忘れてエンジンとの対話に夢中になる豊かな時間を過ごしていると、クルマの年式すら忘れている事に気付く。伸びやかで優美なボディスタイリングは、パーキングに停められている佇まいや、ふとショーウィンドウに映り込む姿ににハッとさせられる程、移ろう流行とは無関係のものとなる。どれだけの時間が過ぎてもクルマ好きのあいだで、その誰もがBMWの「6シリーズ」と言われてすぐに思い浮かべるのは、このE24型「635CSi」しかない。そして、それはいつまでも「世界で最も美しいクーペ」と同じ意味を持ち続けるだろう…