サイズ
長 512.0 cm 幅 186.0 cm 高 142.0 cm
1913年、カール・ラップとグスタフ・オットー(オットーサイクル・エンジンとも呼ばれる4ストロークの内燃機関を発明したニコラウス・オットーの息子)の二人は、それぞれミュンヘンで飛行機ビジネスの夢を追いかけていた。ラップはダイムラー社の下請けを行うラップ・モトーレン・ヴェルケ(ラップエンジン工場)を、オットーは飛行機製作に携わりバイエリッシェン・フルークツクイク・ヴェルケ(バイエルン飛行機工場)を興す事となる。1918年、両社が合併しこれがバイエリッシェン・モトーレン・ヴェルケ=BMWの起源となる。会社設立の翌年、早くもBMW社にとって初の世界記録樹立の時が訪れる。9760mの高度に87分で到達した飛行機のエンジンとして搭載されていたのがBMW社製のエンジンだった。この時から、バイエルンの空を飛ぶ航空機のプロペラをイメージしたエンブレムが出来上がり、そこに使われる青はバイエルンの空を、白は雲を表現したものといわれている。その後1923年には、第一次大戦後のヴェルサイユ条約により、飛行機製作を禁止された事で、オートバイエンジン製作に方向転換する事になる。チーフエンジニアのマックス・フリッツが開発した水平対向2気筒のモーターサイクル・エンジン搭載によるオートバイ「R32」が作られた、現在のBMWモーターサイクルの製作につながるモデルとなる。1928年にはアイゼナッハ社という、ドイツ国内の自動車会社が身売りするという話が舞い込み、これを受けたBMW社は、ここから自動車開発に取り組み始め1933年ジュネーブショーでデビューした「303」で初めてキドニーグリルを採用。ラジエーターグリルは四角いのが一般的だった時代に2分割するデザインを採用することで、BMW車として他と区別できるよう個性的なアイコンとなった。1937年には直列6気筒クロスプッシュロッド1971ccエンジンをもつ「BMW328」を作り上げる事となる。この「BMW328」は0→60mph9.5秒の性能をもち、当時のジャガーSS100でも10秒を切れなかった事を思うと高性能で、第二次大戦が始まるまでの間、ナチスの後押しを受けながらミッレミリア、ベルリン-ローマ、アイフェルレースなどヨーロッパ全土で活躍し、BMW社の名前を世に知らしめる事となった。そのBMW社により1987年、戦後ドイツ製市販車として初めて12気筒エンジンを搭載したモデルとして発表されたのが、初代「750iL」となる。E32型とよばれ、7シリーズとしては2世代目となりヴォルフガンク・ライツレを設計主任者として開発されたCd値0.32という空気抵抗の低い、スマートなデサインのボディをもつBMWのトップモデル。搭載されたのは、新開発となる60°V型12気筒SOHCのM70型とよばれる4987ccから300馬力を発揮するエンジン。開発目標として、性能、コンパクトなサイズと軽量化、燃費と経済性、排ガス浄化などにこだわりながら、エンジン屋BMW社らしくウルトラスムーズな回転フィールは、最もこだわりが感じられるところと言えるかもしれない。何と言ってもシルキーシックスで知られるエンジン2基がひとつになっているのだから、その柔らかく滑らかな回転感はとても金属で出来ているとは思えないものとなる。そしてエンジン単体重量の軽さも驚くほどで、設計年次の古い当時のジャガー製12気筒エンジンと比べるのは失礼だが、約100kgも軽いエンジン単体重量240kgとなる。それは1992年に登場するフェラーリ456GTに搭載されるF116B型・5.5ℓ・V12気筒が235kgだという事からもBMWの技術を感じられるもの。このエンジンをベースにBMW社は1989年発表のクーペボディをもつ8シリーズ(E31型)をベースにM8開発を目論むも頓挫し、5.6ℓまで排気量をアップ、S70型として搭載した「850csi」を販売する。更に、後に進化したS70/2型に発展を遂げたエンジンは6.1ℓ・627馬力となり、DOHC4バルブヘッドとダブルVANOSをそなえるエンジンとして1992年ゴードン・マレー設計となる「マクラーレンF1」に搭載されるまでになる。このM70型・V型12気筒SOHCエンジンは、圧倒的なパワーとウルトラスムーズな回転フィールをもちBMWのトップモデルに相応しいエンジンとなっている。それを引き継ぐ形で1994年にデビューしたのが3世代目7シリーズとなるE38型とよばれる2世代目「750iL」。デザインは1978年クラウス・ルーテによりBMWに採用されたボイル・ボイヤーによるもの。E36型3シリーズも彼の作品となり、クリス・バングル主流となるまでエクステリアデザイン責任者として活躍した人物。プレミアムラグジュアリーサルーンでありながら、クリーンで端正なフォルムを持ち1998年にフェイスリフトを受けながら2001年まで生産され、シリーズ累計でおよそ32万7千台生産されたモデルとなる。そのトップモデルとなる「750iL」は「750i」からホイールベースを140mm延長し、その全ては後席足元の広さとして使われている。1997年のピアース・ブロスナン主演の映画007シリーズ「トゥモロー・ネバー・ダイ」では「750iL」がボンドカーとして活躍、2002年リュック・ベッソン製作の映画「トランスポーター」では「735i」が活躍するなど注目を集めたモデルとなっている。︎搭載されるエンジンは、先代のM70型・60°V型12気筒SOHCエンジンの進化型となる、M73型とよばれるもの。先代同様60°V型12気筒SOHCでボア・ストローク85mm×79mmとなりそれぞれ1mmと4mm延長することで5379ccの排気量となる。圧縮比10.0から最高出力326馬力/5000rpmと最大トルク49.9kgm/3900rpmを発揮する。2トンを超えるボディを苦もなく加速させながら、更にシルキーでウルトラスムーズな味わい持ちながらエンジン単体重量280kgと軽量な所を含め先代を踏襲するものとなる。M73型エンジンは、前世紀最後となる1999年インターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤー(4ℓ以上部門)を獲得するとともに、その性能が認められロールスロイス・シルヴァーセラフにも、ほぼそのままの仕様で搭載された。組み合わされるトランスミッションは、1998年パリ・サロンでのマイナーチェンジ時に、マニュアル操作が出来る「ステップトロニック」とよばれる機能が追加されたZF製5速ATとなっている。「ステップトロニック」はATシフトノブをDレンジから左側に倒して前方に押すとアップ、手前に引くとダウンの操作が出来、従来のATの様にロックボタンを持たない為、洗練された操作が可能となっている。ZFとボッシュにより共同開発されたポルシェの「ティプトロニック
」と同様のトルコンATとなっている。足回りは、前ダブルジョイントスプリングストラット式+コイル、後インテグラルアーム式+コイルでセルフレベリング機構付きとなる。またEDCⅢ(エレクトリック・ダンパー・コントロール)とよばれる可変ダンパーが備わり、ソフト/ミディアム/ハードと3段階の硬さから、市街地では自動的にソフトが選択される為、高性能車にありがちな硬さを意識させられることは無い。ラグジュアリーで上質な乗り味は当然ながら、スポーティーな味わいをもつのも、いかにもBMW車らしいところ。ブレーキは前後ベンチレーテッドディスクを備える。タイヤサイズは前後とも235/60R16となっている。インテリアは、それ程大きくはない正面のメータークラスターをもつBMW車らしくビジネスライクなものとなる、センターコンソールはドライバー側に角度がつけられ、窮屈ではないが囲まれ感のあるコックピットとなっている。トップグレードであっても、華美になりすぎず上等な質感と使いやすさを考えたシンプルな造形は、使い込むうちにブラインドタッチが出来る程自然に馴染む。それでも「750iL」の見せ場はやっぱりリアシートかも知れない。ホイールベース延長により拡大されたリアシートの足元は、広大なスペースをもつ。前席背面に旅客機の様に、折り畳まれた磨き込まれたウッド製テーブルが装備される。直接送風出来るリアシート用、左右独立空調のコントロールディスプレイや、オンボードコンピューターが備わる。まさに動く応接室とよべるもので、助手席を動かす為のスイッチまで装備される。前席はそれぞれメモリー付き電動シートとなり、エアコンは左右独立で個別に温度コントロールが出来るタイプとなっている。︎全長×全幅×全高は5125mm×1860mm×1425mm、ホイールベース3070mm、トレッド前1545mm、後1560mm、車両重量2080kgとなる。燃料タンク容量は95ℓ。新車時価格は1350万円。カーグラフィック誌による実測性能データは、0→100km/h加速6.6秒、0→400m加速14.6秒、0→1000m加速26.5秒となる。2021年をもって、惜しまれつつ12気筒エンジン搭載モデルに終止符を打ったBMW社。戦後初の12気筒エンジン開発にともない、何故シンプルなSOHCヘッドとしたのだろう?直6もSOHCヘッドの時代なのでノウハウが豊富にあった、部品点数が少なく軽量化に好都合…しかし、この滑らかなエンジンフィールを味わうと、この為ではなかったのかとピンときてしまう。量産製品である以上、カタログに少しでも最新メカや大きな馬力数値を表示したい、効率的にガソリンを燃焼させ排気をクリーンにしたいが為のDOHC4バルブヘッド。そうする事でSOHCエンジンならではの、この常用域でのエンジンフィールが失われてしまう事をBMW社はわかってそうしたのでは…と思える程のエンジンフィールをM73型エンジンはもっている。4サイクルエンジンの発明者を父にもつ創業者グスタフ・オットーが興したBMW社のエンジンに対するこだわりを感じられるものに思えて仕方がない。振動・騒音が少なく快適なのがプレミアムラグジュアリーセダンならば、電気モーターを使ったEVの方が、よりその目的にかなっているのでは、という考え方もある。しかし、決してそうじゃない。その日の調子やその時の気持ちを反映させて、走らせる人の気持ちにシンクロする様な、一本調子ではない個性をもつエンジンであるからこそ内燃機関はここまで人とともに生き延びてきた様な気がする。その内燃機関を使って低振動・低騒音を提供する事こそが、プレミアムでラグジュアリーな事なのでは無いだろうか。そんな説得力ある時代のエンジン屋BMWならではのエンジンを搭載した「750iL」。エンジンのみならず、シャーシの電気デバイスにも技術が注がれトラクションコントロールやダイナミック・セーフティ・コントロール(DSC)もアピールしていたが、その基本となる本来のシャーシ特性のチューニングがしっかりしていてこその安全装置となっている。設計エンジニア自ら走行テストを行い、テストドライバー共々総意のもとにセッティングが決められていたといわれているこの時代。妥協を許さず積み上げてきた技術を形にする、それが定評あるBMW社の走りを生み出す源となっているのだろう。