長きにわたり続いてきたRSシリーズに、空冷エンジン搭載の911最後となる、993RSのデビューは、1995年1月31日〜2月1日に開催されたアムステルダム(オランダ)の自動車ショーとなる。993RSも、他のRSモデルと同じくコンペティション・モデルのベース車両としてグループN/GTのレギュレーション・モデルとされ、その存在意義はノーマルの911カレラでは満足出来ない、辛口ドライバーの為のこだわりのモデルとなっている。そのエンジンは、空冷水平対抗SOHC6気筒の「M64/20型」と呼ばれる3.8ℓのRS専用となる。ベースモデルの2.4ℓから2.7ℓに排気量をアップしたナナサンのRS同様に、ベースとなる993カレラの3.6ℓエンジンから、ボア径を2mm拡大した102mmとし、ストロークは共通となる76.8mmから3745ccにアップされている。更に「ヴァリオラム」という可変インテーク・マニフォールド・システムをベースモデルよりひと足先に採用。タペット調整の要らないハイドローリック・ラッシュアジャスターを装備したバルブは、吸気側51.5mm、排気側43mmと993カレラより、それぞれ2.5mm、0.5mm拡大され、軽量ピストン、軽量ロッカーアームを備える。ボッシュモトロニックM2.1型エンジンマネージメントと11.3の圧縮比から300馬力/6500rpmと36.2kgm/5400rpmのトルクを発揮する。これは96年式から同じ「ヴァリオラム」を装備する3.6ℓの993カレラに比べ、15馬力と1.5kgmのアドバンテージを得たことになる。エンジンのインテークチャンバーに「varioram」と鋳込まれた「ヴァリオラム」とは、吸気管の長さをエンジン回転数に応じて、吸気量が最適となる様に自動的に制御出来るシステム。中速回転域を中心としてトルクと馬力をアップする事に貢献している。RSシリーズで、エンジン特性と合わせて語られるべきもう一方の注目点は軽量化となる。993RSでは、従来と同様にリアシートを取り払う事から始まり2名乗車とし、そのシートはリクライニング機構の無い背面がボディカラーとなる軽量なレカロ製バケットシートに交換、フロントフードをアルミ製とし、フロントウィンドウ以外のガラス類を薄いものに変更。電動調整ミラーを外し、ウィンドウウォッシャータンク容量を7ℓから1.2ℓに小型化等、多岐にわたる。今迄と異なるのは、993RSには日常のロードユースに気を配った「ストリート」と、より軽量化に特化したサーキットが本籍ともいえる「クラブスポーツ」の2種の仕様が用意された事。「ストリート」には必要最小限のカーペットなどでフルトリム化され、レカロ製バケットシートは革張りとなる。993ターボとは、やや形状の異なる固定式の専用リアウィングが標準となっている。「クラブスポーツ」は内張は無くレーシングカー同様、鉄板剥き出しのボディカラーのキャビンに、マター製ロールケージが組み込まれる。フロントに993GT2と同型の両サイドが捲れ上がったスポイラーが付きリアは可動式の専用大型リアウィングが装備され、徹底した軽量化が図られたモデルとなる。その中から、当時の日本ディーラーとなるミツワ自動車が輸入した、日本仕様の993RSは日本独自のものとなり、外装は「クラブスポーツ」と同じ仕様で、内装を含む装備は「ストリート」に準じたものとなる。今回入荷した「993カレラRS」はこの仕様のディーラー車となる。「クラブスポーツ」では、徹底した軽量化により、ベースとなる993カレラから100kgの減量された車重は1270kgとなるが、日本仕様ではエアコンをはじめとして、運転席エアバック、パワーウィンドウ、オーディオ、大型エアロ等を装備する事で、50kgの減量に留まり車重は1320kgとなる。この重量でも充分に軽量化されている事を体感出来る為、RSのエンブレムに恥じる必要は無いと思う。「M64/20型」の993RS専用エンジンと組み合わされるトランスミッションは、クロースレシオの6段マニュアルトランスミッションのみとなる。この6MTは、専用のエンブレムの付いたシフトノブが与えられ、若干重く仕立てられているが、ゲートがすこぶる明確でストロークも短く実に歯切れの良いタッチが味わえる。足回りは、フロントはマクファーソンストラット+コイル、リアはマルチリンク+コイルとなり、ベースとなる993カレラに比べそれぞれ30mmと40mm車高が下げられ、ビルシュタイン製となるショックアブソーバーのダンピングは強化されている。スタビライザーはフロントで5段階、リアで3段階アジャストが可能となっていて、マウント類も各部強化される事により、そのままレースに使用出来るクオリティが与えられている。前後とも320mm径で32mm厚に拡大された、ドリルドベンチレーテッドディスクにアルミ製4ピストンキャリパーが組み合わされた「993ターボ」と共通のブレーキシステムを装備する。更に4チャンネルとなるABS5が標準装備される。リアアクスルにはダイナミックLSDが組み込まれるが、これは従来からの機械式LSDに加えABD(オートマチック・ブレーキ・ディファレンシャル)を組み合わせたもので993RS専用となるセッティングは、加速方向40%、減速方向65%となる。ホイールはフロント8J×18、リア10J×18となる「RSカップデザイン」と呼ばれるスピードライン製3ピースホイールが採用され、リムに「SPEEDLINE for PORSCHE」の文字がステンシルにより転写されたものとなっている。タイヤサイズはフロント225/40ZR 18、リア265/35ZR18となっていて、ブリジストン製エクスペディアS07、ピレリ製Pゼロが装備されていた。全長×全幅×全高は4245mm×1735mm×1270mmとなり、ホイールベースは2272mm、トレッド前1413mm、後1452mm、車両重量1320kg。燃料タンク容量は73ℓとなっている。メーカー公表性能値は、最高速度277km/h、0→100km/h加速は5.0秒。カーグラフィック誌による実測値は、0→100km/h加速は5.0秒、0→400m加速は13.2秒、0→1000m加速は24.1秒、最高速度267.7km/hとなる。︎新車時価格は1230万円。生産台数は「ストリート」787台、「クラブスポーツ」227台の合計1014台となる。アウターパネルはスチール製で内張が簡素な、明らかに軽いドアを開けコックピットに入ると、レカロ製バケットシートは心地良く身体をホールドしてくれる。走り出した、その瞬間から、993RSは964RSよりカドが取れたクルマなのがすぐわかる。と同時に、RSならではといえる、その身軽な走り出しに驚くかもしれない。身構える程、重く無いスムーズにつながるクラッチを操作しながら、1トンに満たないライトウェイトスポーツの様な俊敏さで、車速をグングン伸ばしていける。7kg増となってしまうパワーアシストを備えたステアリングは、軽いながらもソリッドなフィーリングはしっかりと残されている。乗り心地は964RSよりずっと洗練されていて、ストロークは限られるが凹凸のいなしが明らかにソフトとなる。これなら低い車高に気を付けながら、普段の足に使えると思いたくなる硬さにおさまっていると思う。鋭いレスポンスを持つエンジンは、1000rpmから使える柔軟性を備える。コックピットを満たす、フラット6の咆哮は、クーリングファンとエグゾーストのハーモニーとなり、964RSよりは静かなものとなるが、心揺さぶるそのサウンドは、思わずスロットルを踏みたくなってしまう類のもの。ハンドリングは事実上ニュートラルといえる素直なもので、タイトコーナーの連続で、立ち上がりのスロットル開度を増やせば、アンダーステアが強まる前にテールが絶妙にスライドをはじめ、狙ったラインを軽快にクリアしていく。この滑り出しを意識させない自然なスライド感は、マルチリンク式となった、リアサスの恩恵と言えるだろう。軽量ボディのメリットを最大限活かせる強力なブレーキは、踏力は軽めながらロック寸前の微妙なコントロールが効き、911ならではの強力なブレーキングを体感出来る。993RSでは964RSの様な、いかにも硬派なロードゴーイングレーサーを走らせている実感は、やや薄らぎ僅かばかりの寂しさをそこに感じるかもしれない。それでも、よりリニアな操縦性の高さを味わえる993RSのドライビングは、それを補って余りある充実感を与えてくれる。911シリーズの伝統であった空冷エンジン搭載モデルの集大成ともいえる993RSには、まだまだ探究すべきドライビングプレジャーがたくさん込められていると思う。