フェラーリ F430 F1マチック
インダッシュナビ
1975年にデビューした「308」シリーズに端を発するフェラーリのV型8気筒ミドシップ・ベルリネッタシリーズは「328」「348」と進化を続け、1994年に送り出された「F355」をもって完成形に到達したかに思われた。1997年から追加された、F1レースを闘い続けるフェラーリならではともいえるセミオートマチック・システムの「F1マチック」は、新たなスポーツカー像を示すとともに、世界中で熱烈な支持を得る事となった。いつの時代も最高のスポーツカーを送り出し続けてきたフェラーリは、技術の進化を見ているだけでは無く、常に新たな技術に挑戦してその存在をアピールしてきた。創業者エンツォの意志を継ぐ、ルカ・ディ・モンテゼーモロ体制になってからは、その存在感をより強めた様に感じられる。21世紀を目前に控えた1999年、「F355」の後継車「360モデナ」は、スペースフレームからボディ・パネル、サスペンション・アームに至るまでアルミニウム製とされ、ピニンファリーナのダビデ・アルカンジェリによるダイナミックなボディラインを纏って発表された。それまで続いたリトラクタブル式では無く、プレキシグラスに覆われた固定式ヘッドランプをもつ「360モデナ」は「F355」より、ひと回り大きなディメンジョンを持つにもかかわらず、アルミニウムを多様することにより、ほぼ同等の乾燥重量をもつ。軽量化のみならず大幅に強化されたボディ剛性と、大きく進化したエアロダイナミクス性能が与えられ、その上で高いコンフォート性能を併せ持つ、新時代のフェラーリ・ベルリネッタ像を世に示した。「F355」から継承され、排気量アップが図られたF131B型・V型8気筒5バルブ・エンジンにはマニエッティマレリ社製の電子制御スロットルが導入された事で、組み合わされる「F1マチック」は、シフトダウン時に自動的にブリッピングが入る様になり、GPマシンさながらのギア・チェンジが可能となった。「360モデナ」は、新たな時代のフェラーリ・ベルリネッタとして、より多くのファンに認められ「F355」のおよそ倍となる生産台数を記録した。今世紀に入ってからのフェラーリは、マニアだけが存在を認めるメーカーから、より多くの一般の人々に認められたプレミアム・ブランドに進化しつつあった。新たな時代のフェラーリ・ベルリネッタとして存在する「360モデナ」のエボリューション・モデルとなるのが、2004年9月にパリサロンで発表された「F430」となる。基本的なフォルムや、アルミニウム製のボディ構造を「360モデナ」から継承しながらもフランク・ステフェンソンによりリフレッシュされたボディデザインは、1961年にF1タイトルを獲得した「フェラーリ156F1」の特徴ともいえるシャーク・ノーズ・デザインをフロントバンパーに取り入れる事で、よりシャープなエクステリア・デザインを印象付けている。また大型化されたリア・クォーターピラー付け根のエア・インテークは「360モデナ」とは大きく異なって見えるデザインが用いられた。1999年からF1コンストラクターズ・チャンピオンを連続して獲得したことにより、新世紀を迎えて勢いづくフェラーリは「F40」「F50」に続くスペチアーレ・フェラーリとして2002年に「エンツォ・フェラーリ」を発表する。これに続き、翌年にはポルシェからは「カレラGT」が、メルセデスベンツからは「SLR」がデビュー。2004年には「F430」がショーデビューを果たす寸前のタイミングで、水冷エンジン搭載の2世代目となる「ポルシェ997カレラ」が発表されると、それを追いかける様に翌2005年にはアストンマーティンが2003年の「DB9」に続いて「V8ヴァンテージ」を、マセラティからは2004年の「MC12」に続いて「グランスポーツ」が発表されるというスポーツカー活況の時代を背景として「F430」は誕生した。「F430」は「360モデナ」の進化型とはいえ最大のトピックは「308」シリーズ登場時から「GTO/F40」を経て「360モデナ」まで用いられた94mmのボア間ピッチをもつエンジンに代わり、新設計のマセラティと共有となる新型V8エンジンが搭載された事。また電子制御によるディファレンシャルシステム(E-Diff)と併せて、現在に続く「マネッティーノ」というドライブモードが選択出来るF1の技術も新たに導入されているのもポイントとなっている。「360モデナ」と同様にアルコア社製アルミスペースフレームが採用されるが、最新の衝突安全基準を満たす為、細部に補強が加わり構造材重量は10%増となっている。床板に用いられる7075T6と呼ばれるアルミ合金パネルは、亜鉛5.6%、クローム3.0%、マグネシウム2.5%、銅1.6%を含む超々ジュラルミンと通称される合金で「零戦」の主翼材として使用されたアルミ合金の中でも図抜けて高強度な素材。これを含むアルミスペースフレームは、静的剛性は捩りで20%、曲げで8%のアップが図られている。また空力特性の向上も図られ、Cd値は「360モデナ」と同じ0.33となるが、ダウンフォース量はF1セクションとの共同作業により、大きな進化を見せ50%増を達成している。「F430」に搭載されるエンジンは、ティーポ136E型とよばれる、水冷V型8気筒DOHC32バルブとなり、ボア×ストローク92mm×81mmから4308ccの排気量をもつ。圧縮比11.3と吸排気ともに可変バルブタイミング機構を備え、ボッシュ・モトロニックME7で制御されるこのエンジンは、最高出力490馬力/8500rpm、最大トルク47.4kgm/5250rpmを発揮する。「F355/360モデナ」に採用されていた5バルブ・ヘッドからオーソドックスな4バルブ・ヘッドとされたのは、直線的なインテークポート形状にすることにより、吸気効率を高める為とされ、これもF1技術の転用であるとエンジン設計を担当した元ルノーF1エンジン設計で知られるジャン・ジャック・イスがコメントしている。カムシャフト駆動は従来のコックドベルト方式では無くチェーン駆動に改められ、マセラティ用では90°クロスプレーン・クランクシャフトが用いられるが「F430」用では、180°シングルプレーン・クランクシャフトとされ慣性吸排気を存分に利用出来るように設計されている。引き続きピストンはマーレ社製の高強度・軽量となるアルミ鍛造ピストンが採用され、コンロッドはパンクル社製のチタンコンロッドが採用され、コンパクトで軽量にこだわった新型エンジンの単体重量は、僅か4kg増の184kgに抑えられている。「360モデナ」から90馬力アップが図られたこのエンジンは、もはやかつての「F40」の478馬力をも凌ぐ最高出力を発揮するに至る。組み合わされるトランスミッションは、新開発となる6速MTと6速セミ・オートマチック・トランスミッションの「F1マチック」が用意される。「F1マチック」では、ECUなどの進化に伴いよりスムーズな変速マナーが与えられ、最短0.15秒でのチェンジが可能となっている。自動変速モードの「AUTO」を選択中でも、ステアリング裏に装備されたアルミ製の左右の変速パドルにより、任意のシフトチェンジが可能となっている。「360モデナ」から15mmエンジン搭載位置が下げられた「F430」では、クラッチが247mm径・乾式単板から215mm径・小径ツインプレートに変更された。これにより許容トルクは22%増えるとともに回転慣性は9%減らされている。エンジンオイルも低重心化を狙って、ギアボックスハウジング内に収めらる構造となった。電子制御により作動制限率を変化させられるリミテッド・スリップ・デフ(E-Diff)は「F1マチック」の油圧を使って湿式多板クラッチを作動させる事でロック率を変化させる構造をもち「F430」のハンドリングの鍵となる。これによりエンジンパワーを有効活用するとともに、スタビリティ向上にも大きな効果を発揮する。ステアリング右下の赤い「マニエッティーノ」のスイッチは、路面状況により「アイス」「ローグリップ」「スポーツ」「レース」「CST(Control for Stability&Traction) Off)」の5つからドライブモードの選択が可能となり、ダンピング、CSTの介入具合、ギアチェンジ速度、E-Diffロック率が、それぞれのドライブモード毎に組み合わされたプログラムにより、状況にあわせた走行モードが選択出来るシステムとなっている。足回りは、前後ともにダブルウィシュボーン式が採用され、アーム類を含めオールアルミ製となり、前後ともにスタビライザーを備える。ショックアブソーバーは電子制御式のザックス製となりガス封入タイプとなっている。ブレーキはフロント・リアともに330mm径のドリルド・ベンチレーテッド・ディスクが装備され、前後ともにブレンボ製4ポッドキャリパーと組み合わされるとともにABSを装備する。今回入荷した車両には、純正オプションとなるBBS製19インチのマグネシウム製・軽量チャレンジホイールが装備され、タイヤサイズはフロント225/35ZR19、リア285/35ZR19となり、それぞれ7.5×19、10J×19サイズのホイールと組み合わされている。
⚪︎インテリアは、先に発表された限定モデル「エンツォ・フェラーリ」と同様のイメージで構築されている。エンジンスタートスイッチとマネッティーノの切り替えスイッチを備えた3スポークホイールを通して正面には、黄色の盤面をもつ、一際大きなレブカウンターが備わるのが特徴となる。1万回転まで刻まれたレブカウンターは、8600rpmからレッドゾーンとされ「F1マチック」のギアポジションが表示される窓がレイアウトされている。「F1マチック」のギアチェンジ用シフト・パドルはアルミ製となりステアリング裏に固定されるタイプとなる。レブカウンターの右側には、小径のスピードメーターが備わり360km/hまで刻まれる。特徴的なアイボール(目玉)型エア・ヴェントは、メッキのトリムが施された「エンツォ・フェラーリ」と同じパーツとなり、ダッシュボード中央に3個、左右両端に1つずつ装備される。ダッシュボードから独立したフロアコンソールには、前方から「リバース・スイッチ」「オートマチック・モード・スイッチ」「ローンチ・コントロール・スイッチ」が並ぶ。新デザインとなったシートの調整は電動調整式となり、ドア・トリムなどにも多くの上質なレザーが用いられている事で、ハイクオリティなインテリアに仕上げられている。ペダル類は、キャスト・アロイ製となりスロットル・ペダル右にステンレス・プレートが貼られるのはフェラーリ各車と同様。パッセンジャー側にも大型フットレストが装備されている。「360モデナ」ではエンジンキーとイモビライザー用リモコンが別体となっていたが「F430」ではエンジンキー一体型となった。全長×全幅×全高は4512mm×1923mm×1214mm、ホイールベース2600mm、トレッド前1669mm、後1616mm、車両重量1450kgとなっている。燃料タンク容量は95ℓ、最小回転半径は5.4m、新車時販売価格は2242万円(F1・ベルリネッタボディで2006年当時)。生産台数は「F430」全てのモデルを含めた合計で16999台となっている。「F430 F1マチック」のメーカー公表性能値は、0→100km/h加速4.0秒(エンツォ・フェラーリの0→100km/h加速4.2秒を凌ぐ)、0→400m加速11.95秒(6MTモデルでは12.0秒)、最高速度312km/hとなる。フィオラノ・テストコースのラップタイムは「F50」と同タイムとなる1分27秒で「360モデナ」のラップタイムを4秒短縮している。カーグラフィック誌による実測データでは、0→100km/h加速4.5秒、0→400m加速12.3秒、最高速度250km/h以上となっている。
⚪︎「F430」の車名が正式発表されるまで「420モンツァ」をはじめとする様々な名称が噂に上がった。フェラーリ社内でも様々な案が出される中で「F355」「F512M」に倣った、フェラーリを表す「F」と、排気量を示す3ケタの数字を組み合わせるカタチで「F430」とされた。「F430」のボディデザインの特徴のひとつとなるリア・フェンダー上に設けられたエアインテークは、フェラーリ初のミドシップ・モデル「250LM」を想像させる。そのリアフェンダーの膨らみを特徴的なデザインのドアミラー越しに見ながら、低い目線でドライビングポジションを調整していると、フェラーリに乗っている実感が高まる。イグニッションをオンにして、ステアリング上の赤い「エンジンスタート・スイッチ」を押せば、スターターの作動音に続いて忽然とエンジンが始動し安定したアイドリングが始まる。その音量はいくらか少なくなっているとはいえ、エンジンのパワー感は背後から充分に伝わってくる。ステアリングの裏側に固定されたシフトパドルの右側を1度引いて、1速を選び、アクセルをゆっくり踏み込めばクラッチがスムーズにエンゲージされ滑らかに発進する。絶え間なく改良されてきたのは「F1マチック」によるスムーズな変速のみならず、低速域でのトルクは充分で乗り心地やステアリング・フィールまでしっとりと感じられる。強化されたアルミスペースフレームと、上質に仕立てられたシートにより、直線的な尖った振動は身体には伝わらない。高速に上がって少しエンジン回転を上げてみると「360モデナ」より澄んだ方向の高音基調にシフトされたエンジン音は、ドライバーの官能性に響くチューニングが施されている。レッドゾーンまで、綺麗にフケ切りながらパワーの収束を感じさせる事なく盛り上がりを見せ、良好なレスポンスを示してくれる。「AUTOモード」のマナーも、充分に洗練されているが、左側のシフトパドルを引いてダウンシフトを試せば、一瞬の中吹かしに鳥肌がたつ程、気持ちの高鳴りが感じられる。ワインディングロードを少し速いペースで走らせると、E-Diffの働きにより思うがままにコーナーに進入し、理想的に脱出できる。加速方向、減速方向それぞれに、マイルドに電子制御によりデフに作動制限がかけられ、セオリーどおりのドライビングで速く走れるセッティングとなっている。ラインどりの自由度も増え、どんなレベルのスピードでもコーナリングが愉しめるクルマといえるだろう。もちろんステアリングのフィードバックやブレーキフィールも解像度が高く仕上げられているので、スピードの高さだけを追いかけなくても、ドライバーのイメージ通りにクルマを操る楽しみに溢れている。そこに官能的なフェラーリならではのサウンドが加われば、時間が経つのを忘れてしまうかもしれない。現在につながる電子制御技術を有効に使いドライバビリティを高めながら、メカニカルな信頼性と耐久性も高まりを見せはじめた時代の「F430」は、コンフォート性能にも優れる為、長距離ドライブにもしっかり応えてくれる。長く乗り続ける事でより高いスキルが身につき、更なる楽しさを一緒に追いかける事が出来る、希少なフェラーリの一台と言えるかもしれない…