サイズ
長 384.0 cm 幅 167.0 cm 高 131.0 cm
1963年 1600S エンジン、C-type ブレーキ、ミッション換装、アロイホイール変更車両
︎ポルシェのタイプ「356」の設計は1947年6月17日に始まり、この時、創業者であるフェルディナント・ポルシェは第二次大戦中の軍事開発の責任を問われ、戦犯としてフランスで拘留されていた。困難な状況下におけるポルシェ社の舵取りは息子のフェリー・ポルシェの手に委ねられ最初のプロトタイプの図面は1947年7月に出来上がった。それをもとにシャーシが完成し、初めて路上を走ったのは翌年3月となる。このプロトタイプ1号車は、生産モデルとは全く異なり、鋼管スペースフレームにオープントップのボディが架装された2シーターでフォルクスワーゲン・ビートルの1131ccのエンジンをミッドシップに搭載し、オーストリアの小村グミュントに移設されていたポルシェで誕生した事から「グミュント・ロードスター」ともよばれることもある。均整のとれた曲線美を描くボディはエルヴィン・コメンダによるデザインとなり、僅か585kgの車重をもち早速インスブルックで開催された公道レースにエントリーし、好タイムを記録したといわれている。クーペボディをもつプロトタイプ2号車は、プレス鋼板によるシャーシにアルミボディの組み合わせとなり、エンジンはリアに移され乗員および荷物スペースが拡大し実用性を高めるとともに量産化が考慮され生産型「356」に近づいた。「ポルシェ356」の正式デビューは1949年3月のジュネーブショーとなりフォルクスワーゲンのパワーユニットを用いながらも全く異なるクルマに仕上がり、従来のスポーツカーの概念を覆えすような新しい設計が大きな注目を集めた。1951年、このような軽量スポーツカーが成功をおさめる兆しが見えると、ポルシェ社は製造設備をオーストリア・グミュントから、ドイツ・シュツットガルト北部のツッフェンハウゼンに移転した。この移転に先立つ1949年に「356」のボディは、プロトタイプから続いたアルミ製からスチール製に変更されている。進化を続ける「356」は1955年9月、フランクフルトショーでポルシェは、大幅な改良を施した「356A」を発表した。北米輸出による功績が大きく寄与していたことによる。その中でも一際人気を博したのが「356スピードスター」だった。第二次世界大戦後、北米で「スポーツカー」というカテゴリーが大きく躍進したのは、大量生産による乗用車しか知らなかった国に、イギリスに駐留していた米兵が「ジャガー」や「MG」といった、当地のスポーツカーを持ち帰った事に始まる。コンパクトなボディの2人乗りスポーツカーを求める層が急増し、欧州スポーツカー・メーカーが北米をメインマーケットとして新型車を矢継ぎ早に投入し始めた。ニューヨークにディーラーを所有し「ポルシェ356」を販売していたオーストリア人のマックス・ホフマンのリクエストにより、ポルシェ社はオープンボディといえども充分に耐候性を考慮した「356カブリオレ」ではなく、よりオープン・エアを満喫出来る、軽量で安価なスポーツ性の高い「スピードスター」をデビューさせた。丸みを帯びたウィンドウスクリーンは出来る限り低くされ、サイドウィンドウを廃した軽快なスタイリングは、プロトタイプと同じくエルヴィン・コメンダによるもの。北米・西海岸の気候を想定し幌も必要最低限とし、多くの人がセカンドカーを持つ北米市場の実情から、軽量バケットシートによる2シーターの低いスタイリングを特徴としている。「スピードスター」のボディ・パネルは「カブリオレ」とは似て非なるものとなり、共通するボディ・パーツは無いといわれている。搭載されるエンジンはベースとなる「356」と共通となるが、装備が省かれ、軽量化されたことで、高い動力性能と相対的に低い重心高をもち、独特なスタイリングからアメリカを代表する車好きの銀幕のスター達をも虜にする程の人気を博し、4800台に届く生産台数となった。1958年「スピードスター」に替わり、充実した装備が施された「コンバーティブルD」というモデルが登場する。マックス・ホフマンは、より安価でスポーツ性能の高い「356」の必要性をアピールし「スピードスター」誕生のきっかけをつくった。しかし一方でフェリー・ポルシェはクルマの装備を省く事で、品位を下げるのは本来の目的では無い、その上販売価格が下げられるのは意味が無いとも考えていた。ホフマンは低価格で「スピードスター」をアマチュア・レーシングドライバーに販売しヒット商品を手にしたが、一般的なドライバーには受けなかった事実も存在する。そこで、より実用的な装備を施した「スピードスター」として登場したのが「コンバーチブルD」ともいえるのかもしれない。このモデルは当初「スピードスターD」と名付けられていたが「スピードスター」とは明らかに異なるモデルである事を強調したいポルシェは、発表までに車名を「コンバーチブルD」に改めた。生産はシュツットガルトの北、ハイルブロンにあるコーチビルダーの「ドラウツ社」に委託され、この会社のイニシャルに由来する「D」が車名に含まれる。このモデルが「スピードスター」と大きく異なるのはフロントウィンドウスクリーンで、丸みを帯びた低いフレームから角張ったやや高めのフレームに変更されている。それに伴い脱着式のサイドスクリーンは、一般的な巻き上げ式のドアウィンドウに変更されている。ソフトトップは「カブリオレ」に比べれば内張も無く、依然質素な造りながらも「スピードスター」よりクオリティの向上が見られるものとなっている。「356AコンバーチブルD」に搭載されるエンジンは、616/1型とよばれ、それまでの1500cc(527型)エンジンをボアアップすることによりつくられたもので、ボア・ストロークは82.5mm×74.0mmとなる。空冷OHV水平対向4気筒エンジンは、1582ccの排気量と7.5の圧縮比をもち、ソレックス32PBICキャブレターをツインで備え60馬力/4500rpm、11.2kgm/2800rpmのトルクを発揮する。フルスケール6000rpmのタコメーターには、4500〜5000rpmにレッドゾーンがあり、スポーツカーのエンジンとしては物足りなく感じる程、低回転型と感じるかもしれない。しかし、このエンジンの真価は数字から想像されものとは全く異なり、鋭いレスポンスと精密機械のような緻密さをもって、スムーズに回る感触と味わいをもつ。「911」のフラット6エンジンの1馬力は、他のメーカーのエンジンの1馬力より濃い、という印象をもつ人が多く存在するが、それは「356」の時代から、既に始まっている事を思い知らされる。組み合わされるトランスミッションは644型とよばれる4速MTとなり、1ピースとなるケースが採用され、リンケージ類も同時にリニューアルされている。今回入荷した車両は、1963年1600Sエンジンに換装されている為、フラット4エンジンのボア・ストロークは変わらず、同排気量ながら圧縮比が8.5と高められ、ゼニス32NDIXキャブレターをツインで装備し75馬力/5000rpmの出力と11.9kgm/3700rpmのトルクを発揮する事で、更なるパフォーマンスアップが図られた仕様となっている。足回りはフロント・ダブルトレーリングアーム+トーションバー、リア・シングルトレーリングアーム+トーションバーとなり、ともに強化、改良されたもの。ブレーキは前後ともにアルミ製ドラム式を装備し、ホイールは4.5×15インチとなり、5.60-15サイズのタイヤと組み合わされている。今回入荷した車両はエンジンのパワーアップに伴い、ブレーキのバージョンアップが施されている。「ポルシェ356」としてディスクブレーキが初めて採用された「356C」と同じ、フロントに275mm径×10.5mm、リアに285mm径×10mmのソリッドディスクと、ダンロップからのライセンスでAte社が生産した対向型シングルピストンキャリパーが組み合わされ装備されている。またホイールは「ポルシェ911」用の15インチ・フックス社製アルミホイールを前後に装備し、ミシュランXWXの185/70-15サイズのタイヤを組み合わせ、機能のみならずルックスもスポーティな仕上がりとなっている。インテリアは、オリジナルはエボナイト製の極細リムをもつステアリングホイールとホーンリングが、何とも優雅な雰囲気を漂わせるものとなるが、今回入荷した車両には細身のナルディ製ウッドステアリングが装備されスポーティな佇まいを見せている。ダッシュボード上面にパッドが貼られるようになり、サンバイザーが標準で装備されるデザインは「スピードスター」から継承され、VDO製となるメーターの配置は入れ替わり、タコメーターがセンターに配置された。これにより「911」にもつながる、ステアリングを通して正面にタコメーターが配置されたスタイルになる。シートは「スピードスター」のリクライニング機構を持たないシンプルな軽量バケットタイプから「カブリオレ」と同じリクライニング式となった。ドアには鍵付きの小物入れが備わり、全体的にインテリアはグレードアップされた印象となる。ただし後席スペースにはシートは無く、カーペットで覆われた2シーターとなっている。長めのシフトレバーで操作する4速ギアボックスのシフトフィールはフォルクスワーゲン・ビートルの面影を感じるかもしれない。それでも「356」の最大の魅力ともいえるのは、このコックピットで感じられるボディの剛性感だろう。生産されてからの時の流れを全く感じさせないソリッドな造りは「911」を凌駕する程となっている。全長×全幅×全高は3950mm×1670mm×1310mm、ホイールベース2100mm、トレッド前1306mm、後1272mm。燃料タンク容量52ℓで車両重量は855kgとなり「356AコンバーチブルD」の生産台数は1330台とされ、そのうち1959年式のモデルは944台となっている。︎レース仕様の「356カレラ」のように革製ストラップでフロントフードを固定し「スピードスター」と同じく本来はサイドシルとボディ側面のウェストラインに沿って取り付けられるモールが外され、フックス製アルミホイールとセンター出しのマフラーを装備する「356コンバーチブルD」。今回入荷した車両は、北米・西海岸沿いを走る姿が想像出来る仕様に仕上げられている。乗り込む前にボディラインを観察すると、Rの大きな曲面で構成されたボディは、見る角度によってクローズアップされるラインが変化して見える。イタリアのカロッツェリア製ボディの車両は、如何に正しくボディのエッジを出すか大変そうだが、逆にエッジを絶対に作ってはいけないのが「356」のボディなのかもしれない。大きく湾曲したウィンドウスクリーンまで含めとてもソリッドで、小さなボディは存在感あふれるものとなっている。ドアの閉まる音だけでも気持ち良く感じられるしっかりしたボディの中で、シートに身を預けキイを捻ると、リアに置かれたフラット4エンジンに火が入り軽快に回り出す。ギアを1速に入れクラッチ操作は気を使う所となるが、ゆっくりとエンゲージすると思いの他あっさりと動き出してくれる。走り出しても硬さや荒々しさは感じられずマイルドな乗り心地に終始する。エンジン回転を上げるとフラット4がバタバタッとボリュームを上げはじめ、結構な勢いで加速する。オープンモデルであっても、スカットルシェイクによる不用な振動は伝わらず、しっかりとしたトラクションを感じる事が出来、気持ち良くボディが前に押し出される感覚が味わえる。絶対的なスピードは「911」より低くはなるが、しっかりとした軽量ボディを活かしたその走行感覚は、味わい深く時代を超えて楽しめるものとなっている。ボディデザインやインテリアの風合いに心を掴まれると「911」ですら急に無機質でビジネスライクに感じられるかもしれない。「356コンバーチブルD」には開け放たれたトップからの晴れ渡った空と、流れ込む風により、季節の移り変わりを満喫出来る魅力に溢れたモデルとなっている。