サイズ
長 415.0 cm 幅 161.0 cm 高 131.0 cm
「ポルシェ911」のデビューにあたり、当時のポルシェ社の社長であり「911」開発計画の最高責任者であったフェリー・ポルシェは「ポルシェの哲学である『最も純粋なカタチでのドライビング』を基調に、356カレラに匹敵する高性能を備え、道路交通事情に適合しながら、より高い居住性と実用性を備えたクルマとして設計した」と説明している。フェリー・ポルシェは「356」の後継車である「911」に設定した目標は、より高いパフォーマンスと優れたコンフォート性能であった。それを達成するためにポルシェは「356」のコンセプトを継承しつつも、ハード面では「356」と共有するものを採用しなかった。その結果が、新開発となる空冷水平対向エンジンであり、全く異なるサスペンションシステムを備える、ポルシェ初のモノコックボディであった。もはや「911」は「356」とは異なり「VWビートル」からの完全なる決別を表明した形となった。エンジン搭載位置は、疑う余地は無く「356」から継承される、ポルシェの哲学に従いトラクションに優れるリア・エンジンが採用された。ポルシェ初の新型6気筒エンジンの開発は、1959年に設計が始まり、2ℓの排気量から目標出力を130馬力に定め、より大きなボディとなる「911」に搭載しても「356」を上回る動力性能を目指した。タイプ745というプロジェクトナンバーが与えられたこのエンジンはボア×ストローク80mm×66mmという、著しくオーバースクエアなディメンジョンをもち1991ccの排気量をもっていた。水平対向6気筒のこのエンジンは、クランクシャフト上下にバルブ駆動用のカムシャフトをそれぞれレイアウトし、タペットとプッシュロッドを使ってバルブを駆動するOHV式を採用する独創的な構造となっていた。空冷用の冷却ファンを並列に2基備え、サイドドラフトキャブレターを装備した上でのパフォーマンスは120馬力/6500rpmと17.0kgmのトルクを発揮するにとどまった。複雑な構造と性能的にも満たされないタイプ745エンジンに見切りをつけたポルシェは1961年12月、レーシングエンジン設計担当のハンス・メツガーを加え新型となるタイプ821エンジンの設計をはじめる。シンプルにSOHC方式の水平対向に改められ、高い耐久性と先々の排気量拡大を想定しながら、新設計の鍛造クランクシャフトが採用され、ウェットサンプ式のこのエンジンは1963年9月に発表された「ポルシェ901(初めて世に出た911は、はじめは開発コード番号901を車名に使用したが、プジョーから3ケタの真ん中が0になる番号は、商標登録してあるというクレームにより、後に911と改名される)」に搭載された。ブレードが17枚となるクーリングファンを持つこのエンジンの出力は、110馬力を僅かに上回るにとどまった事から、更なる性能アップの為にメツガーは、フェリー・ポルシェの甥にあたるフェルディナント・ピエヒを迎え、更なる改善を試みる。カムシャフト駆動用チェーンのテンショナーをスプリング式から油圧式に変更し、スキッドパッドでの走行試験の結果から、オイルの偏りを防ぐ為にドライサンプシステムが採用される。新たに901/01という型式名を与えられた新型6気筒エンジンは、シリンダーライナーに鋳鉄、アルミフィンをもつアルミ製アウター材と組み合わされ、2つの金属によるバイメタルを意味する「バイラル構造」が用いられた。ソレックス製トリプルスロート・ダウンドラフトキャブレターにより9.0の圧縮比からDIN規格のネット値で130馬力/6100rpmを発揮し、SAE方式のグロス値では148馬力を発揮し、クラッチと補機類を含めたエンジン重量は183.7kgとなった。サスペンションは、ノーズに有効なトランクスペースを確保する必要があった事から、マクファーソン・ストラット式がフロントに用いられた。リアには「356」のスウィング・アクスルより遥かにホイール・コントロールの容易な、ダブルジョイントのセミ・トレーリングアームが採用された。前後ともサスペンションにはコイルスプリングでは無く、トーションバーを用いたところは「356」の伝統を継承していた。ステアリング・システムはラック&ピニオンに、ブレーキ・システムは4輪ディスクシステムが採用されていた。これら新システムを含めたシャーシ開発とテストを担当したのは、後に「ポルシェ959」や「964カレラ4」など「911」の進化に大きく関わったヘルムート・ボットとペーター・ファルクとなる。「911」のボディ・デザインは、フェリー・ポルシェの長男であり、フェルディナント・ポルシェの孫にあたる”ブッツィー“とよばれるフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェであった。「911」は、彼にとって、ほぼ同時期に発表された「カレラ904GTS」とともに、初めてデザインしたクルマだといわれている。「ポルシェ911」は、フェリー・ポルシェのもとに、フェルディナント・ピエヒ、ハンス・メツガー、ヘルムート・ボット、ペーター・ファルク、フェルディナント”ブッツィー“ポルシェといった、類い稀なる才能をもつ技術者達の結集により創出されたモデルとなっている。この主要スタッフの誰もが、一流のプロフェッショナルであるとともに、エンスージャストであったという事が「ポルシェ911」をスポーツカーとして成功に導いていく、とても大切な要因になっていたと考えられる。1964年9月から販売開始された「ポルシェ911」は、1967年式までを「0シリーズ」として、それ以降A、B、C…と進化を続けながら、グレードとボディバリエーションを増やしつつ生産台数を重ね、2017年には100万台をラインオフするまでとなった。日本での「ポルシェ911」のお披露目は1965年5月15日に東京プリンスホテルで行われ、デビューしたばかりの新型4気筒搭載モデル「912」を伴ってという形となった。この時の「ポルシェ911」の新車価格は435万円で、この価格は「356C」より200万円近く高額となり「912」は315万円(5MT)/295万円(4MT)となっていた。2年後の1967年に発売となる同排気量の「トヨタ2000GT」の新車販売価格は238万円で、それでも当時の高級車「トヨタ・クラウン」の約2倍の価格となり、大卒初任給が約2万円という時代であった。︎今回入荷した1966年式「ポルシェ911」が搭載するエンジンは、901/05型とよばれるエンジン型式をもつ、空冷SOHC水平対向6気筒エンジンとなる。ボア・ストロークは80.0mm×66.0mmで1991ccの排気量と9.0の圧縮比から130馬力/5800rpmと17.8kgm/4200rpmのトルクを発揮する。最初期モデルでは、トリプルチョークのソレックス製40PI型キャブレターを装備した901/01型エンジンが採用されていたが、3000rpm付近でのエンジンの息つきや、ナーバスな始動性、整備性などの点から、トリプルチョークのウェーバー製IDA3C/3C1キャブレターに換装された901/05型エンジンになったといわれている。このエンジンは、ソレックス・キャブレターを装備したエンジンとスペック上では変わらないが、より洗練されたエンジンの回転感と良好な始動性をもつ。組み合わされるギアボックスは、902/1型とよばれる5段MTとなる。2速から5速までが通常のHパターンを構成する5速ギアボックスで、強いセンタースプリングに抗するように、一番左側のスロットに手前に1速、向かい合う前方にリバースが位置する。このシフトパターンは2.4ℓモデルに新型のギアボックスが採用されるまで用いられる。1速から2速の変速にはクランク状にギアレバーを動かすイメージとなるが、1速にシフトした後、手を離すと自然とセンタリングスプリングにより、ギアレバーは右側に押し出されることで、2速へのシフトアップはそのまま前方に押し出すだけで完了する。続く3速へのシフトアップは、ギアレバーを再び手前に引き戻すだけとなり、はじめに1速のポジションにギアレバーをセットすれば、後は縦方向の前後に一往復するだけで1速→2速→3速と小気味良くシフトアップが可能となる。2速から1速へのシフトダウン時は、シフトレバーをクランク状に動かさざるを得ないが、事前に1速ギアの入り口にあてがっておけばポルシェ・シンクロの働きにより、吸い込まれる様に簡単にシフトを完了することが出来るものとなっている。足回りは、フロント・マクファーソンストラット式+トーションバー、リア・トレーリングアーム式+トーションバーとなる。ブレーキはサーボを持たず、前後ともにソリッド・ディスクが装備されAte製キャリパーと組み合わされる。ホイールは4.5J×15インチサイズのメッキ仕上げのスチール製となり、センターにポルシェのエンブレムが付けられた、メッキが施された美しいキャップが備わる。組み合わされるタイヤは純正指定サイズとなる165HR15サイズが組み合わされている。インテリアは、1965年まで販売されていた「356」より、販売価格が高価だった初期型となる「911」の1965年〜1966年モデルは、ダッシュボード下側に標準でウッドパネルが張られ豪華に仕上げられている。ウッドパネルの助手席手前のグローブボックス部分には、エンジンフードに斜めに付く洒落たデザインの「911」のエンブレムがつけられている。ルームミラー裏側がメッキ仕上げとなるのも初期型の特徴で正面から対面した時にヘッドライトリング、ホーンリング、バックミラー、ワイパー、オーバーライダーなどの他のメッキ部品と統一感があり、アクセントとなる。見かけよりたっぷりとしたかけ心地をもつ革張りのシートと、ウッドリムとブラックスポークの純正ステアリングホイールが装備されている。「911」特有の大径タコメーターを中央にレイアウトされる5連メーターはVDO製で、メッキのリムにグリーンの文字が配されているのも「356」から継承されたデザインとなり、初期型「911」の特徴といえるだろう。吊り下げ式ではなく床から生えるオルガン式のペダル類と、キーシリンダーがステアリングポストの左側に位置するのは長らく続く「911」の伝統となる。細目に立ちあがるピラー類により、全方向とも開けた視界が得られ、室内のタイト感やコンパクトなボディサイズ感も併せて「ポルシェを着る」と表現される程ドライバーに馴染みやすく、狭い場所での取り回しのしやすさも「911」のアドバンテージとなっている。ウィンドシールドをとおしてドライバーズ・シートから見えるヘッドライトにつながる峰は「911」ならではの眺めとなり格別なものとなっている。全長×全幅×全高は4163mm×1610mm×1320mm、ホイールベース2211mm、トレッド前1337mm、後1317mm、車両重量1080kgで前後重量配分は41.7:58.3となっている。1966年式「911」を含む1965年〜1968年までの2211mmのショートホイールベースを持ち、130馬力を発揮する2ℓフラット6エンジンを搭載する「911クーペ」の生産台数は10904台となっている。︎メーカー公表性能値は、最高速度210km/h、0→400m加速16.7秒。1966年12月3日発刊の「Motor」誌での同エンジン搭載による「911」試乗記の中では、最高速度130mph(209.2km/h)、60mphまでの到達時間は8.3秒間と記録されている。今回入荷した1966年式「ポルシェ911」は、向かって右側に停止位置をもつワイパーや、華奢なドアハンドルなど、そのオリジナルともいうべき1963年9月12日に始まったフランクフルトショーに展示された「901」に近いシンプルで瀟洒な佇まいをもつ。その上、たいへん貴重なディーラー車となっている。誰もが期待するとおりコックピットに入りドアを閉めただけで想像以上にカッチリとしたボディを感じられるだろう。左手でキーを捻り空冷フラット6に火を入れ、アイドリングが落ち着いたところで、5速ギアボックスのチェンジレバーで左手前の1速を選ぶと、そのしっかりとした手応えが感じられる。ゆっくりと走り出すと低速ではノンパワーのステアリングがやや重たく感じられるかもしれないが、ペースを上げるとそれも気にならなくなる。レスポンスの良いフラット6エンジンは、思い通りのエンジン回転数を保つ事が出来、コーナーリングは、即オーバーステアという事も無く、危なげ無くコーナーの続く道を駆け抜けて行く楽しみを味わう事が出来る。またこういう場面では、サーボを持たない4輪ディスクブレーキは常に安心して確実に頼れる存在となってくれる。「ポルシェ911」は生産が開始されると間もなくFIAのスポーツ部門となるCSIのホモロゲーションを取得し、1965年のモンテカルロラリーに出場する。この「911」のラリーカーは901/01エンジンに標準装備だったソレックスキャブレターをウェーバー製に換装し、130馬力から147馬力にパワーアップした上でサスペンションをラリー向けにセットアップしただけの車両だった。それでもワークスドライバーのヘルベルト・リンゲとエンジニアのペーター・ファルクにより総合5位でフィニッシュし、上々のデビューを飾った。翌年の1966年には、北米においてデイトナ24時間レースに出場した「911」は、ポルシェ・クラブ・オブ・アメリカ(PCA)から、GT2.0クラスにエントリーすると、アメリカ人ドライバー3人組(ジャック・ライアン、ビル・ベンカー、リン・コールマン)のチームにより総合16位、クラス優勝を獲得する。この時の「911」はエンジンはノーマルでセンター出しのスポーツマフラーを装備、助手席を取り外し簡易なロールケージとバンパー下に補助灯を装備しただけの仕様だったといわれている。また同年、日本では、5月に完成間もない富士スピードウェイで開催された第3回日本グランプリの前座レースとなるGTレースにおいて、高橋国光をリーダーとする2台のワークス・フェアレディ2000に続く総合3位でフィニッシュ。20周で競われるレース中、クラスの異なるワークス・フェアレディ2000とトップ争いを展開しながら同一周回で走り続けるレースペースを見せてゴールし、クラス優勝を勝ち取った。この時、ドライブしていたのは、後に日野自動車のワークスドライバーとなる山西喜三夫という人物。そしてこの時のゼッケン37番をつけた白い「911」は、飯倉片町交差点の一角に完成した、当時ポルシェの日本総代理店であった三和自動車のショールームに、数台の「911」と「356」とともに展示されていた。デビュー間もなく数々のドラマチックなシーンを世界のスポーツカー・マニアの瞼に焼き付けた「911」は、様々な時代背景の中、常にその高い性能を維持し、スポーツカー界のトップに君臨し続けている。デビュー当時から変わらないエンジンレイアウトを踏襲しながら、進化を続ける「911」は、常に「トップ・オブ・スポーツカー」である事にこだわり続けている。その原点ともいえる初期型「0シリーズ」の1966年式「ポルシェ911」は、ディーラー車である事も含めてたいへん貴重な一台となっている…