サイズ
長 425.0 cm 幅 171.0 cm 高 123.0 cm
︎ポルシェ964カップカーは、スポーツカーとレーシングカーの中間領域を完全に踏み越えた、文字通りのレーシングカー。日本に於いても年間を通して開催されていた、カレラ・カップとよばれるワンメイクレースの為にポルシェが開発、製作をした車両となる。ポルシェ本社のあるシュツットガルトのツッフェンハウゼンの通常の生産ラインとは異なり、シュツットガルトから西に15キロ程離れたヴァイザッハのレース部門によって製作されている。搭載されるエンジンは、基本的にはノーマルカレラ2/4と共通の空冷フラット6のSOHC、3600ccとなり生産ラインから抜き出された、そのままの状態で内容に特別な要素は含まれない。唯一、専用となる燃調ロム等を組み込まれたボッシュ・モトロニックのECUのみがロードカーとは異なる部位となる。このドライバーズシート後方に取り付けられたコンピューターによるチューンで265馬力/6100rpm、32.0kgm/5000rpmのトルクを発揮する。これはカレラ2/4比+15馬力/0.5kgm、964RS比で+5馬力となっている。排気系にサイレンサーと三元触媒を装備しているのも、ワンメイクレース仕様のポルシェの例に漏れないところとなる。組み合わされるギアボックスのレシオは964RSと共通となり、リアデフに最大20%(減速時、最大100%)のLSDが組み込まれるのも共通。異なるのはクラッチディスクでセラミックライニングによる軽量タイプとなり、発進は気を遣わされるものとなる。カップカーのチューニングの主要項目となるのは、そのボディ。軽量化した上で強化され、サスペンション、ブレーキ、駆動系等への徹底したコンペティション・モデル化が図られている。快適装備は勿論の事、アンダーコートやメルシートの類は一切省かれ、フロア回りの内張も無い。ドア・オープナーは荒織の赤紐となり、パワーウィンドウは外され、手動レギュレーターとなる。インパネ回りは、パッドで覆われたダッシュボードとそこに収まる時計を含む計器類こそストックのままだが、両サイドの空調ダクトやパネル裏側の臓物類、電装類等、かなり積極的に簡素化されている。様々な軽量化とひきかえに、キャビンからエンジンルームまで貫通するマター製ロール・ケージはボルトオンによるものでは無く、要所要所に溶接がなされ一般的なロールバーというより、もはやフレームとも呼べる代物でボディ剛性50%アップといわれ、巌のような剛性感を生み出している。更にエンジンルーム下のアンダーカバーが省かれ、エンジン懸架部は一部を除きマウントラバーを廃して直付けされる。また、通常は前後ダンパー上部を覆うキャストカバーも軽く強く小さなフォージドリングへ入れ替えた上に、ジュラルミン製のストラットタワーバーで左右マウントを連結強化している。ボンネットフードは紙の様に軽いアルミ製とされ、トータルで230kgにも及ぶ軽量化が図られている。これはノーマルカレラ2の5.4kg/PSとなるパワーウェイトレシオに対し、4.23kg/PSが確保されていることになる。サスペンション及びタイヤ&ホイールはカップカー専用品となっている。前後スプリングはロール剛性を大幅に強化する方向とし、スタビライザーは前強後弱の典型的なアンダーサイドのセットアップとなる。ショックアブソーバーはカレラ2のボーゲ製に対してカップカーではビルシュタイン製が採用され、桁違いに駆動後輪側のダンピングを引き上げているのが特徴。見るからに蹲る様なアピアランスを持つカップカーは、全高がカレラ2より40mm低いといわれる964RSより更に20mm低くされた設定となる。ホイールはリム幅を前後とも964RSより半インチ広げた前8J×17、後9.5J×17となり、組み合わされるタイヤは前235/45ZR17、後255/40ZR17となる。これらの仕様から観ても旋回特性は、相当シャープである事が想像出来る。ブレーキは前輪側のキャリパーサイズ/ローター径はカレラ2と共通ながら、ローター厚を4mm厚くした32mmとし蓄熱容量を高めている。後輪側はキャリパーを44mm径の2ピストンから34mm/30mmの4ピストンに変更するとともに、ローター径/厚ともに10mm/4mm増しとなる252mm/28mmのローターを装備し、ロック臨界点付近の制動力強化が図られている。走り出すと、カップカーの素性を思い知らされる事となる。エンジン動弁駆動音、ファンノイズ、タイヤの路面擦過音、そして最も過大な音源となるギアノイズ。これらが全てダイレクトにボディ鋼板のあらゆる部位から、キャビンへ伝わり反響しドライバーを包み込む。しかしクルマの動き出し時に感じられる、その車重の軽さ、ステアリングを切ったその舵感、スロットルの微動に対応するレスポンスは、カレラ2とは全く異なる。というより市販ロードカーとは別次元。それは964RSでさえ、ハンドリングは舌を巻く程素晴らしい出来栄えであるのに対し、カップカーではそれに更に磨きをかけているのだから悪かろうワケが無い。圧倒的なソリッド感をもってデリケートな操作に繊細に反応を返してくれる。ただし、逆に迅速で正確な対応をドライバーに要求してくるのも事実で、本当の意味でのポルシェ謹製となる辛口のクルマといえるかも知れない。ポルシェ964カップカーの新車時価格は1390万円となり、これは当時、世界共通の価格だったといわれている。シビックのワンメイクレース用の車両でも1000万円、GT-Rクラスでは倍の2000万円くらいかかるといわれていた事を考えると、苦境にあったポルシェが採算度外視でこのクルマを販売していた事が今となってはとても興味深い。各国で行われたワンメイクレースとなるカレラカップシリーズの為に、総生産台数297台といわれる964カップカーがヴァイザッハを後にした…もうそれから30年近く時代が進んだと思うと時が経つのはとても早い、と改めて思わされる。