サイズ
長 424 cm 幅 166 cm 高 131 cm
1963年9月のフランクフルトショーで発表された「ポルシェ911」は、1991ccの空冷SOHCフラット6エンジンを搭載していた。このエンジンは、鋳鉄製のシリンダーにアルミ冷却フィンを組み込んだ“バイラル”シリンダーに、7ベアリング鍛造クランクシャフト、ポルシェに入社して間もないハンス・メツガーが手がけたドライサンプによるエンジンオイルの潤滑方式が採用され、3ℓまで排気量を拡大する事を前提とした設計がなされていた。これにより「911」は、当時の2ℓ級スポーツカーとしては驚異的なパフォーマンスを発揮するが、相対的に大きく重いフラット6エンジンをリアに搭載することから、シャーシバランスとハンドリングに悩まされ、フロントバンパーに22kgのウェイトを仕込んで応急措置をする事態を招いた。このハンドリングを克服する為に、スタビライザー径を変更したり、ホイール幅の見直しがなされ1969年の「Bシリーズ」ではホイールベースを57mm延長。更にボッシュの機械式燃料噴射装置により、神経質なエンジンは性能を落とす事無く、扱いやすさを手に入れた。その後、排気量の拡大により2.4ℓユニットを搭載する1972年の「Eシリーズ」では「911」はひとつの完成をみせた。この頃、ポルシェ一族が経営から離れる事が決定されると「550スパイダー」などに搭載された4カム空冷フラット4エンジンの設計者であるエルンスト・フールマンが社長となった。あわせて開発部門の責任者であったフェルディナント・ピエヒもポルシェを離れる事となるが、彼が関わったレーシングカーの「917」がきっかけとなり1970年代の「911」は、更なる高性能化が図られる。ひとつは「917」のエンジンを半分にした2697ccの排気量と「917」にも採用されたニカシルめっきシリンダーをもつ「911/83型」とよばれるエンジンを搭載したホモロゲモデル「ポルシェ911カレラRS」。そしてピエヒによるCan-Amカー「917/30」や「911カレラRSRターボ」で培ったターボ技術を市販車に用いた「ポルシェ911ターボ」。これらのモデルはその高いパフォーマンスにより注目と人気を集めるが、RRレイアウトによるシビアな限界特性は引き継がれ、フールマンは新たにFRでトランスアクスル・レイアウトを採用した水冷エンジンを搭載するモデル「924/928」の開発を促進する。空冷エンジンによる排ガス対策は困難を極める事から、1980年代を迎えるまでに水冷エンジン搭載によるFR路線へと舵をきるのは既定路線とされていた。ところが「924/928」の販売は「911」を超える程には伸びず、1980年末にポルシェは初めての赤字に転落すると、フールマンは責任をとって任期を1年残して辞任。1981年から87年までフールマンの後任としてペーター・シュッツがポルシェの社長を務めることとなる。フェリー・ポルシェに直々に任命されたアメリカ系ドイツ人のペーター・シュッツは、米国のキャタピラー社でディーゼルエンジンのエンジニアを務めていた人物。ポルシェファミリーの意向を踏まえてポルシェ社の経営再建を図る中で、シュッツは「911」の高いブランド性にいち早く注目し「911」の後継車として「924/928」による水冷FRモデルを主力とする路線から「911」を中心とする商品展開に軌道修正を行った。休眠状態にあった「911」の再生計画を形にしたはじめの一台が1981年フランクフルトショーで発表された「911ターボ・カブリオレ・スタディ」となる。このショーモデルは、前後フェンダーがフレアした「ターボ・ボディ」が採用されていたが「911」をベースに新たに「4WD」と「カブリオレ」が提案されたモデルであった。「カブリオレ」は1983年から市販に移されると「911」のイメージアップとともに販売向上の一助となった。一方「4WD」は、2.85ℓ・フラット6空水冷DOHC4バルブ・ツインターボ・エンジンを搭載、可変トルクスプリット式4WD、6速MT、前後ダブルウィッシュボーン・サスペンションを装備したプロトタイプ「グルッペB」を経て、1986年から292台を販売した「959」として現実のものとなった。フェルディナント・ピエヒとともに「917」の開発にも携わったヘルムート・ボットは、チーフエンジニアとして「959」の開発にあたり「ポルシェ911」のイメージを留めながらも先進技術が盛り込まれた「959」は、破格の性能を発揮することで、その後のポルシェに計り知れない功績を残した。存続が決定した「ポルシェ911」は、1974年から生産されてきたビックバンパーが特徴となる「930型」が、いよいよモデルチェンジされ、1989年に新たに「964型」に進化する。この「964カレラ」のボディデザインは「928S4」や「944ターボ」「959」のデザインを担当したベンジャミン・ディムソンによるもので、ナローボディ時代から長く続いてきた見慣れた「911」のシルエットはそのままに「930型」から実に85%もの部分が新設計のパーツで組み上げられている。前後バンパーは「959」や「928」を思わせる一体感のあるデザインにアップデートされ、新たに加えられたサイドスカートと併せて、時代に相応しいエクステリアをアピールしていた。紛れもない「911」でありながらモダンなイメージにリニューアルされた「964型」は、ダックテールスポイラーやターボウィングではなく、エンジンフードに収納される可動式リアスポイラー(電動モーターにより80km/hで起き上がり10km/hで元の状態に自動格納され、マニュアル操作も可能となる)を採用し、リアエンドはテールライトのデザインを含めて、とてもスマートな仕上がりをみせる。この「964型」は、1988年9月をもってポルシェを定年退職したヘルムート・ボットが最高責任者として開発を担当したモデルとなる。最初にお披露目された「ポルシェ964カレラ4」は、1988年終盤にプレス発表を南仏のニースで行い、ショーデビューは1989年パリ・サロンとなる。それは「911」にとって誕生から25周年という記念すべき年のデビューとなった。新設計による「964カレラ」のフロアパンは、4WDのメカニズムの搭載も考慮されるとともに、完全にフラット化が施されている。可動式リアスポイラーや、ウィンドウ周りのフラッシュサーフェス化と合わせて、より高速化を見据えたCd値0.32(それまでの930型では0.395だった)という高い空力性能を実現していた。「964カレラ4」に搭載されるエンジンは、空冷水平対向SOHC6気筒12バルブで、ボア×ストローク100mm×76.4mmから3600ccの排気量を得る。ボッシュ・モトロニックにより総合制御されるエンジンは、11.3という高めの圧縮比をもち、最高出力250馬力/6100rpm、最大トルク31.5kgm/4800rpmを発揮、ドライサンプ方式が採用されエンジンオイル量は11.5ℓとなる。運転温度を一定に保つのが難しい空冷式のまま90年代へと送り出された新型フラット6の為に、排ガス浄化を狙ってポルシェは急速燃焼を促すツイン・プラグ方式を採用し、各シリンダーに2本ずつスパークプラグが配された。セラミック・ポート・ライナーの採用やクランクシャフトの軽量化、更にクーリングファンの改良など、徹底したリファインが施されたフラット6は、自然吸気のスポーツユニットとして、回転全域でのピックアップの鋭さや高回転域を苦にしないフィールなど多くの魅力をもったエンジンとなる。組み合わされるフルタイム4WDシステムは前後トルク配分を31:69に固定され、プラネタリー式のセンターデフとリアデフは、電制油圧多板クラッチによるロック機構が備わる。ABSセンサーが感知した各輪の速度差から自動計算して随時作動させるほか、任意でのロックも可能となっている。センターデフからフロントデフまでは、トルクチューブで剛結され、その中をプロペラシャフトが通る。変速機はボルグワーナータイプのシンクロを備えた5速マニュアルトランスミッションとなっている。1989年式「964カレラ4」では「930ターボ」などに使用されていたシングルマスのフライホイールとラバーダンパーの付いたクラッチディスクが使用されていたのに対し、今回入荷した1990年モデルからはデュアルマスのフライホイールとラバーダンパーの無いクラッチディスクが使われている。この違いはクラッチペダルの重さに現れ1990年モデルの方が、若干軽く感じられるといわれている。足回りは、フロントにストラット式、リアにセミトレーリングアーム式が用いられ、それぞれスタビライザーを装備する。「911」にとってはお馴染みの足回り型式となるが、大きく変わったのは伝統的に採用されてきたトーションバー式スプリングが「964型」からは一般的なコイル式スプリングに変更されている事。そしてリア・サスペンションにはブッシュの弾性を利用してコーナリング中に、トーアウトを防ぐ「928」に採用されていた「バイザッハ・アクスル」と同様のリア・ステアシステムが用いられているのもポイントとなる。定評のあるブレーキは、ABSを備えた4ピストンの軽合金製キャリパーとベンチレーテッド・ディスクが組み合わされ4輪に配されている。タイヤサイズは、フロント205/55ZR16、リア225/50ZR16サイズとなり、フロント6J、リア8Jのホイールと組み合わされている。インテリアは2ℓ時代の「911」から大幅な変更は感じられず、奥行きのないダッシュボードに見慣れた形状で装備されるメーターナセルには、中央の大型のタコメーターを含む5つのメーターがレイアウトされている。タコメーターのレッドゾーンは6800rpmから、スピードメーターは頂上付近に150km/hが置かれるフルスケール300km/hとなっている。タコメーター左側の油圧と油温のコンビメーター内にはデフロック作動時のインジケーターが備わる。ステアリングポスト左側に位置するイグニッションキーや、電動調整式となったハイバックタイプのシート、オルガン式となるABCペダル、そのどれもが「911」ならではの装備となる。やや異なるのは、高められたセンタートンネルに備わるシフト・ノブのフィールで、ノブの位置がステアリングから遠ざかった事と併せて、前後左右方向ともにシフト・ストロークが短く感じられ、剛性感を増したことで二の腕のチカラを少し必要とする。また、フルオートタイプとなったエアコンの操作パネルもリニューアルされた部分となっている。パワーアシストの加わったステアリングはドライバビリティの向上が図られるとともに「911」の特徴であった強いキックバックを大幅に軽減することに成功している。︎全長×全幅×全高は4250mm×1652mm×1320mm、ホイールベース2272mm、トレッド前1380mm、後1374mm、車両重量1450kg。燃料タンク容量77ℓで、最小回転半径6.0m。「964カレラ4」クーペMTの新車時ディーラー価格は1140万円(1990年モデル)。生産台数は「964カレラ2/4」のクーペ・モデルで約28500台となっている。メーカー公表性能値は0→100km/h加速5.9秒、最高速度260km/h。カーグラフィック誌による実測データでは0→100km/h加速5.6秒、0→400m加速13.8秒、0→1000m加速25.2秒、最高速度257.3km/h(1992年モデル)となっている。︎それまで長らく生産され続けてきた「ポルシェ911」と同じフォルムをもつ「964カレラ4」は、ドアを開けてもそこに広がる光景は全く違和感は感じられない「911」の世界が広がる。ドライバーズシートに腰を下ろし、左手でイグニッション・キーを捻りエンジンをスタートさせると、それまでの「911」を体験した事がある人には、控えめになったメカニカルノイズに驚きを感じるかもしれない。「911」よりも当時のFRポルシェに近い剛性感をもつシフト・ノブを1速に送り、クラッチをゆっくりエンゲージするとアイドリングのままでも走り出すことが出来る。低回転域でも粘り強いトルクを発揮する「964カレラ4」は、従来の「911」と同様にコンパクトなボディと良好な視界により、街乗りでの取り回しも良好な一台となる。少しアクセルを踏み込むと、3.2ℓ時代よりも更に軽くフリクションという言葉とは無縁のスムーズでシャープなエンジンフィールが楽しめる。低く抑えられたエンジン音は、けしてドライでは無く回転を上げるのにしたがい、より魅力的な音質にかわりドライバーとのコミュニケーションを失うことは無い。パワーアシストが備わるステアリングは、ナチュラルなフィーリングを示しトーションバー式からコイルスプリングに変更されたサスペンションをもつボディを、不安無く自在に操る事が可能となる。アシストは適量でフロントタイヤに送られるトラクションの掛かる様子まで繊細に伝えてくる。ワインディングロードやカーブの多い郊外に於いて、センターデフやリアデフのロックを知らせるインジケーターが点灯しても、ドライバーは不安を感じる事なく楽しいドライブをどこまでも続けられるだろう。「RS」や「ターボ」モデルの様にエンジンパワーの大きさを求めればキリがないけれど「911」らしいコンパクトなボディとスムーズに鋭く吹け上がる自然吸気の3.6ℓ・フラット6エンジンのキャラクターはとても良いバランスを感じさせ、様々なシーンで多くのエピソードを紡いでいける、長く付き合える「911」であるといえるかもしれない…「959」から始まる「ポルシェ911」の「4WD」モデルは、高速域での高い直進安定性を持ちながら、かつての「911」が苦しんだ悪癖を軽減するとともに良好なハンドリングを実現した。そして「4WD」であることが操縦の幅を広げ、ドライビングをより楽しいものに進化させる事に成功している。「ポルシェ911」は「964カレラ4」が発表された時の、誕生から25年を遥かに超えて、60年を迎える現代に於いてもスポーツカーの最も代表的なモデルとして高い性能を持ち続けながら、多くのファンに支えられながら更なる進化を続けている。