サイズ
長 453.0 cm 幅 181.0 cm 高 126.0 cm
1973年10月のパリサロンでデビューした「ディーノ308GT4」は、それまで生産されてきた「ディーノ246GT」の後継車という形での登場となり「ディーノ」ブランドを継承していた。それは創業者エンツォ・フェラーリの「12気筒で無ければフェラーリではない」との言葉どおり新開発となる3ℓ・V8エンジンを搭載していた。この時代のイタリアのスポーツカーメーカー各社は、こぞって北米での「ポルシェ911」の成功に着目し、2+2ボディを持つミッドシップスポーツカーを開発することに傾倒していた。ランボルギーニは「ウラッコ」を、マセラティは「メラク」を、そしてフェラーリは「ディーノ308GT4」を生産していた。「ディーノ308GT4」は、フェラーリの市販車としては、唯一となるカロッツェリア・ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニのデザインしたボディを持っていた。同じ「308GT」でも2シーターとなる「308GTB」がそうであるように、フェラーリ・ロードカーの多くがカロッツェリア・ピニンファリーナのデザインによるボディをもち、流麗なボディラインをアピールポイントとしてきた。ウェッジの効いた平面を多用した「ディーノ308GT4」のデザインは2550mmのホイールベースをもち、なんとかリアシートを確保しながら1976年には「フェラーリ308GT4」と車名の変更を受け1980年まで生産された。その後を継いだモデルが1980年3月ジュネーブショーでデビューする「モンディアル8」となり、3ℓ・V8エンジンをミッドシップで搭載し2+2のキャビンを継承していた。「モンディアル」とはイタリア人ドライバーのアルベルト・アスカリが1952年、フェラーリ・ドライバーとして初のF1チャンピオンになったのを記念して名付けられた2ℓ・4気筒エンジンを搭載するレーシングモデル「フェラーリ500モンディアル」に由来する車名となる。また「モンディアル」とはイタリア語で「グローバル」を意味し、世界市場を視野に入れたフェラーリだという意味ももつ。車名に含まれる「8」は搭載される8気筒エンジンを表し、ボディデザインはピニンファリーナのレオナルド・フィオラバンティによるもので、ピニンファリーナの50周年を祝う記念すべきモデルでもあった。発売当初は、同世代の「308GTBi」と同様にKジェトロニック・インジェクションを装備する3ℓ・205馬力のエンジンを搭載していたが、1982年には4バルブ・ヘッド化されたエンジンに換装され「モンディアル・クワトロヴァルボーレ」に進化。翌年の1983年には北米市場でのシェア拡大を目指してオープンボディの「モンディアル・カブリオレ」が追加された。このモデルはフェラーリにとっては、60年代後半の「365GTS4(デイトナ・スパイダー)」以来の、市販車としては久々のフルオープンモデルとなりクーペボディを上回る販売台数を記録した。1985年には「308」シリーズが「328」に進化したのに伴い「モンディアル3.2」となり、フロント・リアまわりを「328」に近いイメージでフェイスリフトが施された。「ディーノ246GT」を起点として2シーター・ミッドシップモデルシリーズに引き継がれた横置きエンジン・レイアウトは「328」を最後に、新世代の縦置きエンジン・レイアウトに姿をかえていくこととなる。ミッドシップ2+2シーターの「モンディアル」にはこのパワートレインがひと足先に採用され、1989年3月のジュネーブショーで「モンディアルT」としてデビューする。新型3.4ℓ・V8エンジンを縦置きに搭載し横置きエンジンレイアウト時代の、ギアボックスがエンジン下に配置される2階建て構造から脱却した事で、エンジンが低くマウントされる事で重心位置が下げられ、サービス性の向上や左右対称のエキマニとなる事でパフォーマンスの向上が図られた。車名の「T」は追ってデビューするミッドシップ2シーターの「348t」と同じく「トランスバース=横置き」を意味し、縦置きエンジンの後方にトランスミッションを横置きで配置されていることを表している。これは70年代のフェラーリF1モデル「312T」に由来したレイアウトとなる。それまで手が加えられなかったボディデザインも、このモデルからスマートな印象だった前後フェンダーが僅かに膨らまされ、より抑揚のあるソフトでモダンなイメージに進化した。リア・クォーターウィンドウ下に位置するエアインテークのデザインが一新され、大きな識別ポイントとなっている。またリトラクタブルヘッドランプがそれまでの丸目4灯式に対し「348t」と同型のプロジェクタータイプに変更された。そして「348t」との最大の違いは新世代の鋼板モノコック+チューブラー構造のシャーシではなく、それまで長きにわたりつくり続けられてきた、フェラーリ伝統のチューブラーフレーム構造を採用している事。「モンディアルT」はこのチューブラーフレーム構造をもつ最後のV8ミッドシップモデルとなっている。搭載されるエンジンは「F119D」型とよばれる、水冷90°V型8気筒DOHC32バルブとなりボア・ストローク85.0mm×75.0mmから3405ccの排気量をもつ。それまでのKジェトロニックからボッシュ・モトロニックM2.5に変更され、マニエッティマレリによるマイクロプレックスのイグニッションが組み合わされ10.4の圧縮比から300馬力/7200rpmと33.0kgm/4200rpmのトルクを発揮する。縦置きに搭載されるエンジンは、ドライサンプ方式が採用される事で、重心位置が下げられドライバビリティは劇的に改善されている。組み合わされるトランスミッションは5MTとなりエンジン後方に横置きで配置される。低い位置に置かれたクランクシャフトから、パワートレイン後端のクラッチに伝達されたエンジンパワーは、ドライブシャフト下に横置きに配置されるギアボックスで減速され、ファイルギアに伝わる。このレイアウトにより縦置きエンジンであってもパワートレインはコンパクトで低重心化とあわせて、革新のメカニズム構造となった。今回入荷した「モンディアルTヴァレオマチック」は、5MTとなるトランスミッションのクラッチのオペレーションだけを電子制御に置き換えたシステムで、フェラーリとフランスのヴァレオ社による共同開発となる。ギアレバーをマニュアル操作する度に各部のセンサーからの情報をもとに、電磁式クラッチが自動で断続されギアチェンジを可能とするシステムとなっている。︎足回りは、前後ともダブルウィッシュボーン式+コイルとなり、電子制御のビルシュタイン製ガス封入式ショックアブソーバーが備わり、ダンピングの調整が可能となっている。ブレーキは前275mm、後279mm径のベンチレーテッドディスクが装備され、Ate製キャリパーが組み合わされABSが備わる。タイヤサイズは前205/55ZR16、後225/50ZR16となり、16インチ・ホイールは前後それぞれ7J/8Jのスピードライン製となっている。インテリアは「348t」と同じMOMO製のひとまわり小径の3スポーク・ステアリングホイールとなりパワーアシストが装備された。その奥に見えるメータークラスターは、それまでの横に広いスクエアで大型のタイプではなく、2シーターモデルの様に小型なものに変更されている。以前は、ダッシュボードとギアレバーのあるセンターコンソールは分離していたが、デジタル時計やハザードスイッチが備わるコンソールによりつなげられ、ドライバーとパッセンジャーのエリアが分けられ、よりスポーティな雰囲気となった。4つ備わるシート類のデザインも変更を受け、それまでは前後方向とされていたステッチが横方向に変更され、シートそのもののボリュームがアップされた。全長×全幅×全高は、4535mm×1810mm×1236mm、ホイールベース2660mm、トレッド前1522mm、後1560mm、車両重量1426kg。燃料タンク容量は86ℓ、最小回転半径は6m、新車時価格1870万円(5MTモデル)となっている。約12年間で6000台を超える「モンディアル」が製造され、そのうち「モンディアルT」はクーペボディが858台、カブリオレボディは1017台が生産された。メーカー公表性能値は、0→100km/h加速6.3秒、0→400m加速14.3秒、0→1km加速25.8秒、最高速度255km/h(5MTモデル)で、カーグラフィック誌による実測データは0→100km/h加速7.0秒、0→400m加速15.0秒、0→1km加速27.3秒(ヴァレオマチックモデル)となっている。1989年にフェラーリF1チームが実戦投入し、開幕戦となるブラジルGPでこの年からフェラーリチーム入りしたナイジェル・マンセルがデビューウィンを飾った640型F1に搭載された、セミオートマチック・ギアボックス・システム。マニエッティマレリと開発されたこのシステムは、以降F1では主流となりこのシステムのイメージをフェラーリとして、はじめに市販車に落とし込んだのが「ヴァレオマチック」だった。マニュアルミッションのシフトレバーは存在するしATモードすら無い状況ではあったがクラッチ操作から開放され、1997年の「F355」に搭載される「F1マチック」につながる技術となった。「モンディアルT」はミッドシップ・フェラーリとしては高めのルーフを持つ事により、乗り込みやすいモデルとなっている。シートに着きドライビングポジションを確認すると、ペダルが中央にオフセットされているのと、スポーツカーとしては起き気味のステアリングポジションが、フェラーリらしさを感じさせる。フロントウィンドウの傾斜が緩い事で、振り向かなくても2シーターとの違いを感じるだろう。3000rpmあたりの回転数で走行していると、ドライバーはエンジンの音源から離れているためボリュームは低く抑えられて聞こえる。4000rpmあたりからサウンドは主張をし始め、5000rpmから上ではキャビンは乾いたフェラーリならではの音で満たされる。「ヴァレオマチック」はゲートの切られたフェラーリ独特のシフトレバーによりマニュアル操作で変速する、この時の骨っぽい手応えは3ペダルモデルと何ら変わりない。クラッチ操作から解放されても、フェラーリのシフトフィールは堪能出来、回転が合った時には軽く吸い込まれる様にシフトが出来る。新たに導入されたパワーステアリングは、ダイレクト感ではノンパワーモデルに一歩譲るが、最小限のアシストで操舵に対して素直に弧を描いてくれるコーナリングが味わえる。ミッドシップモデルでありながら少し高めのアイポイントにより全方位に広い視野をもち、4シーターのキャビンがドライブする気持ちにゆとりを与えてくれる。エンジンサウンドは間違いなくフェラーリでありながら街中をストレスなくクルージング出来る「モンディアルT」はスポーティで、どこかエレガントなフロントエンジンの4シーター・フェラーリに通じるキャラクターをもっている。他のフェラーリロードモデルに先駆けて採用された、パワステはじめ電子制御の足回り、クラッチレスMTなど、発売当時は先行していたメカニズムも現在では多くのスポーツカーが装備するものとなった。販売ボリュームの点から「モンディアルT」に搭載されたいきさつもあるかもしれないが、クラッシックフェラーリとしての「モンディアルT」の、その希少性にも気付く時代となったのかもしれない。