1972年10月5日、パリサロンのポルシェブースに姿を現したホワイトボディにブルーのレタリングとホイールのスポーク部分を同じ色に着色された新型「911」は「カレラ」の名前だけでは無く「RS」の二文字をいただいた初めての「911」となった。それはホモロゲーション・モデルでレースに参戦するプライベーターに提供する事を目的に開発されたサーキット志向の「911」だった。その狙いは果たされるどころかレースでの活躍のみならず、ストリートでの優れたパフォーマンスによりコレクターカーとしての名声をも高めていった。長きにわたり歴代の「911」に引き継がれ続いてきた「RS」シリーズに、空冷エンジン搭載の「911」最後となる「993RS」がデビューしたのは、1995年1月31日〜2月1日に開催されたアムステルダム(オランダ)の自動車ショーとなる。「993RS」も、他の「RS」モデルと同じくコンペティション・モデルのベース車両としてグループN/GTのレギュレーション・モデルとされ、その存在意義はノーマルの充実した装備をもつ「911カレラ」では満足出来ない、辛口ドライバーの為のモデルとなっている。先代の「964RS」の様にベースモデルと同排気量エンジンを採用するのでは無く、排気量アップによる専用のフラット6ユニットを搭載した、ポルシェのこだわりを感じられるモデルとなっている。また歴代モデルと同様に軽量化に配慮されながらも、最低限の実用性を備えているのも「RS」モデルならではのアドバンテージとなっている。︎搭載されるパワーユニットは、空冷水平対抗SOHC6気筒の「M64/20型」と呼ばれる3.8ℓの「993RS」専用エンジンとなる。ベースモデルの2.4ℓから2.7ℓに排気量をアップした1973年式の初代「カレラRS」同様に、ベースとなる「993カレラ」の3.6ℓエンジンから、ボア径を2mm拡大しボア・ストローク102mm×76.8mmとし、排気量は3745ccにアップされている。更に「ヴァリオラム」という可変インテーク・マニフォールド・システムをベースモデルよりひと足先に採用。タペット調整の要らないハイドローリック・ラッシュアジャスターを装備したバルブは、吸気側51.5mm、排気側43mmとノーマル「993カレラ」より、それぞれ2.5mm、0.5mm拡大され、軽量ピストン、軽量ロッカーアームを備える。ボッシュモトロニックM2.1型エンジンマネージメントと11.3の圧縮比から300馬力/6500rpmと36.2kgm/5400rpmのトルクを発揮する。これは96年式から同じ「ヴァリオラム」を装備する3.6ℓの「993カレラ」に比べ、15馬力と1.5kgmのアドバンテージを得たことになる。エンジンのインテークチャンバーに「varioram」と鋳込まれたこのシステムは、吸気管の長さをエンジン回転数に応じて、吸気量が最適となる様に自動的に制御することで中速回転域を中心としてトルクと馬力をアップするものとなっている。「M64/20型」の「993RS」専用エンジンと組み合わされるトランスミッションは、1〜3速がクロース・レシオとされる6段マニュアルトランスミッションのみとなる。この6MTは、専用のエンブレムの付いたシフトノブが与えられ、若干重く仕立てられているが、ゲートがすこぶる明確でストロークも短く実に歯切れの良いタッチが味わえるものとなっている。足回りは、フロントはマクファーソンストラット+コイル、リアはマルチリンク+コイルとなり、ベースとなる「993カレラ」に比べ前後それぞれ30mmと40mm車高が下げられ、ダンピングを強化されたビルシュタイン製となるショックアブソーバーが装備される。スタビライザーはフロントで5段階、リアで3段階アジャストが可能となっていて、マウント類も各部強化される事により、そのままレースに使用出来るクオリティが与えられている。前後とも320mm径で32mm厚に拡大された、ドリルドベンチレーテッドディスクに、アルミ製4ピストンキャリパーが組み合わされた「993ターボ」と共通のブレーキシステムを備え、4チャンネルとなるABS5が標準装備される。リアアクスルにはダイナミックLSDが組み込まれるが、これは従来からの機械式LSDに加えABD(オートマチック・ブレーキ・ディファレンシャル)を組み合わせたもので「993RS」専用となるセッティングは、加速方向40%、減速方向65%となっている。ホイールはフロント8J×18、リア10J×18となる「RSカップデザイン」と呼ばれるスピードライン製3ピースホイールが採用され、リムに「SPEEDLINE for PORSCHE」の文字がステンシルにより転写されている。タイヤサイズはフロント225/40ZR 18、リア265/35ZR18となっていて、ブリジストン製エクスペディアS07、ピレリ製Pゼロが装備されている。インテリアは「993RS」では、従来の「RS」モデルと同様にリアシートを取り払う事から始まり2名乗車とし、そのシートはリクライニング機構の無い背面がボディカラーとなる軽量なレカロ製バケットシートに交換されている。ステアリングに近い位置で5つのメーター類をおさめるメータークラスター、比較的立ち気味のフロントウィンドウ形状と細いピラー類を通して見えるクラシカルな視界は、空冷「911」ならではとなる。正面の大径レブカウンターは6800rpmからレッドとなり、その右にあるスピードメーターは300km/hまで刻まれている。今迄の「RS」モデルと異なるのは「993RS」では日常のロードユースに配慮された「ストリート」と、より軽量化に特化したサーキットが本籍ともいえる「クラブスポーツ」の2種の仕様が用意された事。「ストリート」には必要最小限のカーペットなどにより室内はフルトリム化され、レカロ製バケットシートは革張りとなり「993ターボ」とは、やや形状の異なる固定式の専用リアウィングが標準装備される。「クラブスポーツ」では鉄板剥き出しのボディカラーで彩られたキャビン内に、マター製ロールケージが、ボディに溶接により組み込まれることで、より高いボディ剛性をもち、フロントに「993GT2」と同型の両サイドが捲れ上がったスポイラー、リアは可動式の専用大型リアウィングが装備されたモデルとなっている。どちらの仕様ともフロントフードをアルミ製とし、フロントウィンドウ以外のガラス類を薄いものに変更され、電動調整機能を外したミラー、ウィンドウウォッシャータンク容量を7ℓから1.2ℓに小型化されるなど、徹底した軽量化が多岐にわたり施されている。その中から、当時の日本ディーラーとなるミツワ自動車が輸入した、日本仕様の「993RS」は日本独自の仕様となり、外装は「クラブスポーツ」に等しい成り立ちをもち、内装を含む装備類は「ストリート」に準じたものが選択されている。今回入荷した「993カレラRS」はこの仕様をもつディーラー車となっている。「クラブスポーツ」では徹底した軽量化により、ベース・モデルの「993カレラ」から100kg軽量化された車重(1270kg)となるが、日本仕様ではエアコンをはじめとして、運転席エアバック、パワーウィンドウ、オーディオ、大型エアロ等を装備する事で50kgの減量に留まり、車重は1320kgとなっている。この車両重量でも、軽量化されている事を体感出来る程のパフォーマンスを充分に味わえる「993RS」は、空冷フラット6ユニット最後の「RS」を名乗るのに相応しいモデルとなっている。全長×全幅×全高は4245mm×1735mm×1270mmとなり、ホイールベースは2272mm、トレッド前1413mm、後1452mm、車両重量1320kg。燃料タンク容量は73ℓとなっている。メーカー公表性能値は、最高速度277km/h、0→100km/h加速は5.0秒。カーグラフィック誌による実測値は、0→100km/h加速は5.0秒、0→400m加速は13.2秒、0→1000m加速は24.1秒、最高速度267.7km/hとなる。︎新車時価格は1230万円。生産台数は「ストリート」787台、「クラブスポーツ」227台の合計1014台となる。︎最後の空冷エンジン搭載モデルとなる「993」型は、空力を考慮されながらも「911」登場時から変わらないグリーンハウスをもつ。ハーム・ラガーイとトニーハッターによるエクステリアデザインは絶対的なコンパクトさを維持しながら「RS」モデルとしての低められたアピアランスにより独特の迫力も併せ持ったものとなる。アウターパネルはスチール製で内張が簡素な、明らかに軽いドアを開けコックピットに入ると、レカロ製バケットシートは心地良く身体をホールドしてくれる。走り出したその瞬間から「993RS」は「964RS」よりカドが取れたクルマなのがすぐわかる。と同時に「RS」ならではといえる、その身軽な走り出しに驚くかもしれない。身構える程、重く無くスムーズにつながるクラッチを操作しながら、1トンに満たないライトウェイトスポーツの様な俊敏さで、車速をグングン伸ばしていける。7kg増となってしまうパワーアシストを備えたステアリングは、軽いながらもソリッドでクイックなフィーリングはしっかりと残されている。乗り心地は「964RS」よりずっと洗練されていて、ストロークは限られるが凹凸のいなしが明らかにソフトに感じられる。これなら低い車高に気を付けながら、普段の足に使えると思いたくなる硬さにおさまり、ノーマル・カレラユニットより明らかに鋭いレスポンスを持つエンジンは、1000rpmから使える柔軟性を持ち合わせている。コックピットを満たす、フラット6の咆哮は、クーリングファンとエグゾーストのハーモニーとなり「964RS」よりは静かなものとなり、心揺さぶるそのサウンドは思わずスロットルを踏みたくなってしまう類のもの。ボディに付加されたスポイラー類の恩恵もあり、高速クルージングでの直進安定性に神経を遣わされる事は無い。ハンドリングは事実上ニュートラルといえる素直なもので、タイトコーナーの連続で、立ち上がりのスロットル開度を増やせば、アンダーステアが強まる前にテールが絶妙にスライドをはじめ、狙ったラインを軽快にクリアしていくことが出来る。この滑り出しを意識させない自然なスライド感は、マルチリンク式となった、リアサスの恩恵と言えるだろう。軽量ボディのメリットを最大限活かせる強力なブレーキは、踏力は軽めながらロック寸前の微妙なコントロールが効き「911」ならではの強力なブレーキングを体感出来るが「993RS」では「964RS」の様な、いかにも硬派なロードゴーイングレーサーを走らせている実感はやや薄らぎ、僅かばかりの寂しさをそこに感じるかもしれない。それでも「993RS」のドライビングは、リアエンジン配置による危うささえ忘れさせる程、軽快な操縦性と強力なブレーキにより、ポルシェが古くから得意とした公道を走れるコンペティションGTとしての味わいを強く実感出来るものとなる。「911」シリーズの伝統であった空冷エンジン搭載モデルの集大成ともいえる「993RS」には、高性能スポーツカーが数多く存在する現在においても、ポルシェがこのクルマに込めた探究すべきドライビングプレジャーが幾重にも込められていると思われる。