サイズ
長 391.0 cm 幅 185.0 cm 高 124.0 cm
︎1982年4月のトリノショーでデビューし、同年5月のWRC(世界ラリー選手権)の一戦となる「ツール・ド・コルス-ラリー・ド・フランス」に初めて参戦した「ランチア037ラリー」。その車名にある通りWRCに参戦し、そこでの勝利を目標に誕生した車となる。1974年から1976年までの3年間、WRCのタイトルを獲得した「ランチア・ストラトス」の栄光を再び取り戻すべくランチアの威信をかけた一台となっている。その開発は「アバルト」が担当し「ピニンファリーナ」がボディデザインを施し、FISAが定めるグループBのホモロゲーションを取得する為、200台が生産されたモデル。1980年代になりWRCに「アウディ・クワトロ」が参戦することでラリー・カーの将来はフェルディナント・ピエヒ(フェルディナント・ポルシェの娘を母とするピエヒは、ポルシェ917をはじめとするレーシング・ポルシェの開発に携り、5気筒エンジンの研究及びクワトロ・システムの開発を手がけフォルクスワーゲン・グループ会長となった人物)がもたらした新技術のフルタイム4WDとターボ・エンジンが主流となりつつあった。その中で「037ラリー」開発にあたる「アバルト」のセルジオ・リモーネ(037ラリー開発後、ランチアの耐久レーサーLC1、LC2の開発を行い、ランチアがモータースポーツから撤退後アルファコルセに移籍、DTM用155V6TIやWTCC用156をてがけた人物)は新技術より、すでに確立された手法とドライバビリティ、信頼性を重視し、ミッドシップ2WDとスーパーチャージャー付きエンジンを用いる事とした。ベースとなるシャーシは「ランチア・モンテカルロ」のキャビン部分を用い、前後に鋼管スペース構造のサブ・フレームが組まれているものを採用。これはレーシングカー開発で名高い「ダラーラ」で開発され1980年、1981年の世界耐久レース選手権でタイトルを獲得したレーシングカー「ランチア・モンテカルロ・ターボ」のものを基礎につくられている。「ランチア・モンテカルロ・ターボ」との大きな違いは「037ラリー」ではエンジンが縦置きとされ、その後にトランスミッションを配置し、サスペンション設計の自由度を高めるとともに、高い操縦性とメンテナンス性に配慮されたものとなっている。エンジンは、高回転域を常用するレーシングカーの場合、ターボラグを気にする事無くハイパワーを得られるターボチャージャーの優位も考えられるが、より幅広い回転域とレスポンスが重視されるラリーカーである事を考え、スーパーチャージャーが選択された。ベースエンジンは「131アバルトラリー」で用いられた2ℓ・直4・16バルブDOHCのランプレディ・ユニット(フェラーリのV12気筒エンジンの設計にも携わった、アウレリオ・ランプレディ設計によるエンジン。037ラリー開発当時ランプレディはアバルトの社長でもあった)が選ばれ「アバルト」自製によるヴォルメトリーコ(ルーツ式スーパーチャージャー)で過給されるものとなっている。ボディは「ランチア・モンテカルロ・ターボ」と同様に「ピニンファリーナ」により風洞を用いた空力開発が行われラリー仕様で用いられた大きなリアスポイラーを付けた状態でCd値0.38となっている。またラリーでの整備性を考慮し大きく開く軽量な樹脂製の前後カウルが採用されている。デザインは「初代ランチア・イプシロン」や「916型アルファロメオgtv」のデザイナーであるエンリコ・フミアによるものとなる。開発の為、プロトタイプは「アバルト」のテストドライバーであるジョルジョ・ピアンタ(WRCドライバーのマルク・アレンやワルター・ロールと同等のタイムで走る事が出来、後にアルファコルセの監督となる人物)による走行を繰り返し、1982年に入る頃ランチア・ワークスドライバーのマルク・アレンによるテストで仕上げられる。ランチアのラリーチーム監督であるチェザーレ・フィオリオ(ランチアのラリーチーム監督としてランチア・ストラトス開発をプロデュースしWRCタイトルを獲得、1989年からフェラーリF1チームの監督となりフェラーリ640型による革新的なパドル・シフトの技術をF1界にもたらした人物)により1982年4月1日に「037ラリー」のホモロゲーション申請が行われた。「037ラリー」の「037」とは「アバルト」の開発コード「SE037」に由来するものとなる。(アバルトが開発したクルマには開発コードが付与され、後任の「デルタS4」は「SE038」、「アバルト124ラリー」は「SE026」、「アルファロメオgtvカップカー」は「SE080」となっている)「ランチア037ラリー」は1983年WRCマニュファクチャラーズ・タイトルを獲得し、WRCで勝利した最後の2WD車となった。「037ラリー ストラダーレ」に搭載されるエンジンは、水冷直列4気筒DOHC16バルブにクランクシャフト先端から、コックドベルトで駆動されるアバルト製ヴォルメトリーコ(ルーツ式スーパーチャージャー)を装備する、ティーポ232AR4とよばれるもの。ツインチョーク・ダウンドラフト型40DCNV15/250ウェーバーキャブレターを備え、ボア・ストローク84mm×90mmで1995ccの排気量をもち、7.5の圧縮比から最高出力205馬力/7000rpmと最大トルク23kgm/5000rpmを発揮する。「131アバルトラリー」と同じアバルト製16バルブヘッドを装備し、リアカウルごしに60年代の「アバルトOT1300」の様に「ABARTH」と鋳込まれたエンジンヘッドと、官能的な曲線でうねるエグゾーストマニフォールド、アバルト製ヴォルメトリーコを見る事ができる。ラリー用にチューンされたコンペティション仕様では、300馬力/8000rpm以上に達するこのエンジンは、ストラダーレでも潤滑系はドライサンプ式となり大型オイルクーラーをフロントに備える。クラッチ径は230mmの乾式単板となり、ZF製5DS25-2型という5速マニュアルトランスミッションと組み合わされている。このZF製トランスミッションは、デ・トマソ・パンテーラやBMW M1にも使用されているもの。足回りは、フロント・リアともにダブルウィッシュボーン式となる。「ストラトス」での反省により「037ラリー」のサスペンションは、設計の自由度が高くとられ、調整範囲も広く設定されている。前後ともにサスペンションアームのボディ側取り付けポイントが、アッパーアーム側4段階、ロワーアーム側2段階の変更が可能となり、サスペンションジオメトリーに影響を与える事無く、ロードクリアランスを調整可能となる。また「037ラリー ストラダーレ」に於いてもサスペンションピボットは、スフェリカルジョイント(=ピロボール)が多用されている。フロントサスペンションはロアアームが鋳造である以外、直径25mmのパイプ製となり、ビルシュタイン製ガス式ショックアブソーバーを備えスタビライザーを装備する。リアサスペンションは、オフロードレース用のバギーのリアサスのテクノロジーを応用したもので、広範囲に動く事で路面をトレース出来るように設定されている。ツインプログレッシブスプリングとツインのビルシュタイン製ダンパーを装備する。ブレーキは前後ともにベンチレーテッドディスクとなり、前後共通のアルミ製シングルポッドキャリパーが組み合わされる。このキャリパーは本来フォーミュラーアバルト用でブレンボ製となる。ホイールは3ピースのスピードライン製で、フロント8J×16、リア9J×16となり、組み合わされるタイヤはフロント205/55VR16、リア225/50VR16サイズの「ピレリP7ラリー」となっている。インテリアは、ホモロゲーションモデルらしく、派手な演出は控えてスパルタンな仕上がりとなっている。「ストラダーレ=ストリートバージョン」といえども公道を走れるレーシングカーと感じられるのは、ドアを開けてサイドシルの上方15cmくらいの所にロールケージが横切り、それを乗り越えてたどり着くシートは、ベースとなる「ランチア・モンテカルロ」と共通の形状となっている。しかしシート表面に用いられる素材はゼニア製ウールからコーデュロイ素材に変更され、アクセントに赤いパイピングが用いられている。ポジションはイタリア的でアルミ製ペダルに足を合わせると、アバルト製3スポークステアリングは、やや遠くなる。(今回入荷した車両には当時のワークス037にも使用された貴重なコーンの深い2スポークのアバルト製ステアリングが装備される為、ドラポジは改善されている)インパネの素材は黒染めされたアルミ製となり、そこに大小7つのVeglia製メーターがレイアウトされ、センターコンソールには、ヒューズボックスの代わりに16個のサーキットブレーカーが整然と並んでいる。Aピラー、ルーフの縁の部分を通ってロールバーが配されリアのサブフレームに直結されている様を見ると、どれだけフレームを強化したかったのかが良くわかる。コックピットの上にはいかにもアバルト風の「ダブルバブル」形状のFRP製ルーフが取り付けられるが、これは長身のワルター・ロールがフラットルーフのプロトタイプをテストした際、ヘルメットが干渉したために、この形状に変更されたといわれている。デザイン面だけでなく、機能面での配慮も怠りなく考えられ車両がつくられているのが感じられる。全長×全幅×全高は3915mm×1850mm×1240mm、ホイールベース2440mm、トレッド前1508mm、後1490mm、燃料タンク容量70ℓとなっている。車両重量は1170kgとなり、ベースとなる「ランチア・モンテカルロ」より約200kg重くなる。この重さの多くの部分をボディ強化の為に使い、ラリー仕様では外板をカーボンファイバーやケブラーに変更し、チタニウム合金を多用する事で1000kg以内に抑えられているという。生産台数は200台とされるが、そのうち「ストラダーレ」は150台となり、50台がWRC用に使用された。新車時価格は、日本正規ディーラーのガレーヂ伊太利屋では980万円とされ、14台が正規輸入された。メーカー公表性能値は0→100km/h加速7.0秒、0→400m加速15.0秒、0→1km加速27.4秒、最高速度220km/hとなる。カーグラフィック誌による実測値は0→100km/h加速8.9秒、0→400m加速16.2秒、0→1km加速29.9秒、最高速度217.4km/hで、ウェット路面での計測値となっている。「037ラリー ストラダーレ」は乗り込んでエンジンを始動させると、そのイメージと異なりアイドリング時のエンジンノイズは比較的静かなものとなる。それほど重くないクラッチを踏んで正確なギアレバーで1速を選んでクラッチをミートすると、エンジンは低回転域から信頼出来るトルクを発生してくれる。軽快感はあまり感じられないが、硬めの乗り心地ながら普通に走行出来る。1170kgのボディに205馬力のエンジンなので、驚く程の加速感は得られない。スーパーチャージャーがエンジン回転数に頼らず均一なトルクを生み出してくれるので、どの回転数から踏んでも踏んだ分だけ好ましいレスポンスをドライバーに返しながら加速してくれる。トルクカーブはフラットで2ℓ・4気筒とは思えないくらいスムーズに気持ち良く回転を上げていける。コーナーリングはリニアでナチュラルな感覚をステアリングに返してくれるので、鋭いターンインやリアのブレイクを恐れる走りとはならない。このクルマの本領は、このしっかり強化されたシャーシに300馬力以上のエンジンを搭載したコンペティションモデルで発揮されるように出来ているのだと思う。それにしても「037ラリー ストラダーレ」を見ていると、良い時代の「アバルト」「ピニンファリーナ」そして「ランチア」による奇跡のコラボレーションに思えて仕方が無い。それぞれの一番良い時代に、それぞれの良いところがとても活き活きとして見える、出来得る最高の仕事をしてみせた作品。ホモロゲーションモデルでありながらも、時が経っても全く魅力を失わない古さを感じさせない美しさの秘密は、その辺にあるのかもしれない…