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30thアニバーサリー
400
万円
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メーカー
ミッション
マニュアル
グレード
30thアニバーサリー
ボディタイプ
外装色
チェリーレッド
年式
1990 年型
走行距離
100km
乗車定員
サイズ
長 305 cm 幅 144 cm 高 133 cm
エンジン形式
排気量
999 cc
馬力
42
トルク
6.8
車検
ハンドル
駆動区分
前輪駆動
輸入区分
並行輸入
内装色
ブラック
燃料区分
幌色

新車にて保管されておりました車両です。直近にて、内外装、機関等リフレッシュ施工を行っております。

英国のBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)が「モーリス・マイナー」の後継車の開発をスタートさせたのは、1957年3月の事だった。技術者アレック・イシゴニスが中心となり製作される、開発コードADO15をもつ新型モデルは、生産性やコストダウン、開発期間の短縮化などの問題から、既存のパワーユニットを採用するが、それまでの小型車とは全く異なるコンセプトをもつモデルだった。当時のヨーロッパは、スエズ動乱の影響により石油危機に曝され、それは英国も同様で、そうした経済背景が「ミニ」を生み出したともいえるだろう。従来の小型車より、更に小さなサイズにも関わらず、大人4人が無理なく乗ることが出来、必要にして充分な動力性能を備え、その上経済的なクルマ。これこそ「ミニ」の開発コンセプトとなっている。水冷OHV直列4気筒エンジンのAタイプ・ユニットを横置きし、ギアボックスをその下側に組み合わせたパワーユニットで前輪駆動レイアウトを採用したのも、ボディ4隅に小径タイヤを配したのも、小さなボディで大きなキャビンを実現する為のものだった。1959年8月26日水曜日にデビューする「ミニ」は、はじめ「オースチン・セブン/モーリス・ミニ・マイナー」と名乗っていた。後に「ミニ」と車名は統合され、そのボディデザインはイシゴニス本人によるものとされている。この当時、4気筒で前輪駆動は世界初となり、コンパクトなエンジンルームに置かれたパワーユニットは、オートバイの様にギアボックスとエンジンが同じオイルにより潤滑される方式が採用される。ラジエーターは一般的なフロントグリル裏には無く、エンジンサイド、向かって左側に置かれクーリングファンにより冷却される方式となっている。独創的な構造はサスペンションにも及び、通常の金属スプリングは使用されず、その代わりにダンロップ の技術者アレックス・モールトン設計による円錐形に成形されたゴムの塊=ラバーコーンが採用されている。フロントがウィシュボーン式、リアがトレーリングアーム式となるサスペンションは、設計通り作動させる為に前後とも、頑強なサブフレームに組み込まれ、モノコックボディに取り付けられている。この足回りの構造が、ミニならではのゴーカート・フィーリングと独特な乗り心地の要となっている。「ミニ」の生産はオースティンの本拠地であるロングブリッジ工場で行われ、全て手持ちのスポット溶接によりモノコックボディは組み上げられている。シングルSUキャブレターを備え、34馬力に過ぎないエンジン出力ながら、558kgという軽量ボディと小型で全面投影面積の小ささから4段ギアボックスで118km/hの最高速度をマークする実力を持っていた。保守的な英国人は「ミニ」をはじめは驚きの目で見ていたが、いつしか街に溢れ、その卓越したパッケージングと走行フィーリングを高く評価した。︎1989年8月27日、英国、シルバーストーン・サーキットにおいて開催された「INTERNATIONAL MINI MEETING 1989」に於いて、その生誕30周年を祝う盛大なパーティーが開かれた。一周、約4.8キロ(現在は約5.9キロ)のコースを埋め尽くした5061台の「ミニ」達の先頭の1台から、手を振るのはスポーツ・ミニの生みの親、ジョン・クーパー。基本的にモデルチェンジせず生産され続けた「ミニ」は生誕30年を迎え、それでもまだイギリス人達にとって存在は大きく「ミニ」への愛着は深く根づいている。それ故この日のシルバーストーン・サーキットへ集った「ミニ」は2万5千台を数え、それを慈しむ12万人を動員する単一車種としては、空前の集いとなった。メーカー側でも、この集会開催の前年に他界した、偉大なる「ミニ」の設計者アレック・イシゴニスの名を冠した大テントを用意し、生産一号車をはじめ、初めてモンテカルロ・ラリーを制した「ミニ」や、陽の目を見なかった試作車の数々を展示した。記念晩餐会の席上では、往年のモンテカルロ・ラリーのウィナー、パディ・ホプカークと、ジョン・クーパーが、編纂されたミニ30年史の見返しにサインを求められていた。この「ミニ」生誕30周年を記念して限定生産されたモデルが、今回入荷した「ミニ 30thアニバーサリー」となる。当時販売されていたベーシック・モデルの「メイフェア」をベースに、ボディカラーはチェリー・レッドとパールセントブラックの2色が用意された。エクステリアには専用となる30周年記念ロゴマークとストライプ、専用のボンネットエンブレムが付けられる。インテリアはボディカラーに合わせてブラック・レザーとレッド・パイピング、ステッチが施された、専用ハーフレザーシートが備わり、赤いレザーが巻かれたステアリングが装備される。ラジエーターグリル、ドアハンドル、バンパー、テールパイプにはメッキが施され、8本スポークのアルミホイールが備わる。日本では、2000台限定で販売され、6000台(3000台との説あり…)が限定生産されたモデルとなっている。︎今回入荷した「ローバーミニ 30thアニバーサリー」に搭載されるエンジンは、水冷OHV直列4気筒で、ボア×ストローク64.6mm×76.2mmから998ccの排気量をもつ。シングルSUキャブレターと9.6の圧縮比から、42馬力/5250rpmと6.8kgm/2600rpmのトルクを発揮する。組み合わされるギアボックスは、4段MTとなりエンジン下に配置され、エンジンと同じオイルにより潤滑される。足回りは、フロントは「モーリス・マイナー」から受け継いだダブル・ウィシュボーン式となり、リアはトレーリングアーム式となっている。金属スプリングを使用せず、代わりにゴム製ラバーコーンが採用されている。ブレーキは、1989年式からサーボが備わり、フロントにソリッドディスクが装備されたディスク式、リアはドラム式となる。タイヤサイズは145/70R12サイズで12インチのアルミホイールと組み合わされている。インテリアは「ミニ」ならではの独特なドライビングポジションとなる。それはバスの様に上を向いた、角度の浅いステアリングを膝の間で抱え込むようにして保持し、センター寄りにオフセットされた小型のペダル類を上から踏み込むように操作するもので、走り始めると不思議と慣れて気にならなくなる。シートバックを立て気味にして背中を預ける事でよりドライビングしやすく、同時にリアシートのスペースも稼ぐ事が出来る様になっている。広めの窓により開放的なリアスペースはルーミーで、ミニマムなレッグルームだが、ヘッドルームは充分で、小型のボディから想像する以上に広く感じられる様になっている。ドライバーから垂直に起きたフロントウィンドウまでの距離が長めにとられ、サイドウィンドウも内側に倒れていないので、室内幅が車幅の最大限まで活かされているのもキャビンを広く感じさせる要因となる。細目のピラーと短いボンネットによりドライバーズシートからの視界は素晴らしく、車両感覚が掴みやすいのは狭い道や、街乗りでも大きなアドバンテージとなっている。限定車となる「30thアニバーサリー」モデルならではの、ブラックレザーとファブリックによる専用シートは、コントラストも鮮やかな赤いパイピングとステッチが施され「30thアニバーサリー」専用のタグが付けられている。このパターンはリア・シート、ドア内張にも反映されたデザインとなる。またステアリングは赤いレザーが巻かれた3スポークタイプとなり、その奥には3つのメーターが備わるメータークラスターが装備される。そのメータークラスター、ダッシュボードには、豪華なウッドパネルが装備され、これは正規輸入車には備わらなかった装備となる。︎ 全長×全幅×全高は3100mm×1440mm×1335mm、ホイールベース2035mm、トレッド前1235mm、後1200mm、車両重量680kg。最小回転半径は4.3mで、燃料タンク容量は34ℓ、新車時価格179万円(MT)、195万円(AT)となる。カーグラフィック誌による、同型エンジン・4MTが搭載された「ミニ・スプライト」を使った性能実測テストによるデータは、0→100km/h加速34.9秒、0→400m加速23.6秒、0→1000m加速45.7秒、最高速度118km/hとなっている。「ミニ」が発表された当時、日本はまだ外貨事情が悪く、一般には新車を輸入する道が閉ざされていた。そんな中、初めて「ミニ」が日本に上陸したのは1960年3月だったといわれている。これはカナダ大使館員が、個人で注文した車両で、自動車開発に携わる技術者達にとっては、とても気になる存在となっていた。その後、まもなく輸入が許可制となり、日本人も競争入札という形で、新車を購入する道が開けた。この頃、輸入元となっていた日英自動車では「ミニ・マイナー」を2台落札し、ショールームに展示したが、1台はすぐに買われていったが、もう1台は半年近くそのままだった。高級車といわれたトヨタ・クラウンが100万円で販売されていた時代に、軽自動車並みのサイズだった「ミニ」が、ほぼ同価格となっていたからだ。クルマのサイズで価格が判断されていた時代に、積極的に「ミニ」を欲しがっていたのは、各自動車メーカーだった。豊田章一郎は、日英自動車のショールームを訪れ、ホンダは研究所に「ミニ」を届けさせた。本田宗一郎は、届けられた「ミニ」でテストドライブを行うとすぐに購入を決めた。三菱自動車は「モーリス」と「オースチン」の2台を購入すると、それぞれ1台はボディを、もう1台はエンジンを担当の部署で研究用に分解した。この2台から分解を免れたエンジンとボディを合体させ、組み上げ愛用した技術者もいた。東洋工業では「ミニ」購入後、まもなく登場した「キャロル360」には「ミニ」と同サイズの10インチタイヤを採用した。小型車としてスペース効率に特化し、ドライブする楽しさとハンドリング性能の高さを併せ持つ「ミニ」は、各自動車メーカーに対して、ベーシックカー造りの多くのノウハウが詰まった存在となり、その後のクルマ造りに影響を与えた。時は流れて、日本に於いて、再び「ミニ」がクローズアップされたのが「30th アニバーサリー」が販売された時期といえるかもしれない。この頃「ミニ」の輸入元だったオースチン・ローバー・ジャパン(ARJ)は、1989年6月に「ミニ」の月販台数905台を記録。これは英国での「ミニ」の販売台数を上回る事となり「ミニ」販売世界第1位となった。更に翌7月には、国内で英国車としては初めて1000台を突破する登録台数、1018台を記録した。以降、生産が終了する2000年まで「ミニ」は日本で高い人気を維持し続けた。今回入荷した1990年式「ローバーミニ30thアニバーサリー」の伝統の4気筒OHVエンジンは、スムーズな吹け上がりをみせ、レスポンス良くとても活発に感じられる。4000rpm以上回してもスピードは、頭打ちとなってしまうが4段ギアボックスを駆使すれば、小気味良い程に走らせる事ができる。静粛性とは程遠いエンジンノイズは、簡単に室内に侵入してくるが、100km/h巡行時でも会話が出来ないという程ではない。ラバーコーンによる独特の乗り心地は、凹凸のある道では跳ねるが、タイヤサイズが発表当時の10インチから12インチと大径化された事で、いくらか緩和されている。この弱点を補って余りあるのがシャープなハンドリングで、ロック・トゥ・ロック2.6回転のラック&ピニオン式のステアリングとサスペンションの味付けは、ほとんどロールを感じさせないまま、キビキビとゴーカート・フィーリングでコーナーをトレースすることが出来る。フロントにディスクブレーキを装備し、サーボ・アシストが採用されたブレーキを上手く使って走るワインディングロードは、想像以上の楽しみが得られるだろう。ミニマムなボディサイズにマキシマムなキャビン、電子制御から全く隔離されたメカニズムをもちながら、ダイレクトなクルマからの息づかいや、動き、音、そしてデザインまでもが人間の感性にとても良く馴染む「ミニ」は、長い時を共にすると不思議と機械である事を忘れる程の魅力にあふれている。多くの自動車が生まれては消えていった20世紀の自動車シーンにおいて、42年間にわたり英国・ロングブリッジ工場で発表時と変わらぬ方法でつくり続けられたこのクルマは、20世紀の自動車界の金字塔といえるかもしれない…