フェラーリ308GTBクラシケ取得済
ファイバーボディ
12気筒エンジンを搭載していないにもかかわらず、フェラーリのエンブレムをそのノーズに戴いたロードモデルがショーデビューを果たしたのは、1975年10月2日のパリサロンだった。その淡いブルーメタリックのボディカラーを纏ったスタイルには、あきらかに「ディーノ246GT」の正当な後継車としてのモチーフが使われていた。ドアからリアフェンダーにかけてのエアインテーク、クォーターピラーの造形、70年代的なシャープなエッジが取り込みながらも、本来なら「ディーノ」と呼ばれる1台になっていたのかもしれない。その車の名前は「フェラーリ308GTB」。3ℓでV型8気筒エンジンを搭載するGTで、クーペ(B=ベルリネッタ)という意味を持つ。12気筒エンジン搭載モデルが単一気筒容積を車名に用いるのとは異なり、排気量と気筒数を組み合わせるのも「ディーノ246GT」と同様となる。1992年に刊行された「インサイド・フェラーリ」というマラネロ・ファクトリー内部の写真が多く掲載された本の中に「フードにディーノのバッジの凹み(フェラーリ・エンブレムの縦長では無く、横長タイプ)をもつ」とキャプションに書かれた「308GTB」のプロトタイプと思われる一台の残骸の写真が掲載されている。確かに「ディーノ」の後継車として検討されていた時期があったのだろう。販売拡大を続ける「ポルシェ911」や「ランボルギーニ・ウラッコ」「マセラティ・メラク」に対抗するべく、1973年10月4日のパリサロンで先行デビューを果たした2+2モデルの「ディーノ308GT4」と2車種で「ディーノ・シリーズ」を編成するという考えを、1969年6月以降フェラーリ・ロードモデルを掌握していたフィアットは考えていたのかもしれない。フィアットは「ディーノ」をアルミボディの「206GT」から、製作しやすいスチール・ボディの「246GT」に変更した時の様に、生産規模と販売台数の拡大を目論んでいた。しかしその思惑は外れ、先行デビューした「ディーノ308GT4」への北米での反応が良く無かった。これには誰の目にもエモーショナルなスポーツモデルに映る「ディーノ246GT」とは異なり、プレーンなベルトーネ・デザインの「GT4」のボディデザインはわかりやすさに欠けるだけでなく、北米の顧客は「フェラーリ」のブランドを求めていた。それに加えて1974年9月に北米で施行されたFMVSS(連邦自動車安全基準)により、それまで販売されていた「365GTB/4デイトナ」「365GTC」「ディーノ246GT」が違法車扱いとなり販売出来ない事態を招いていた。この状況を打開すべく登場したのが「フェラーリ308GTB」となる。ボディデザインはピニンファリーナ製となり「デイトナ」「BB」を始めとする11台もの高い人気を誇るフェラーリ・ロードモデルのデザイン担当したレオナルド・フィオラバンティによるものとなる。そのデザインのベースとなったのは、自身がデザインを担当し1968年のトリノショーで発表したプロトタイプ「フェラーリP6」だといわれている。フロントフェンダーからのウェストラインや、サイドのエアインテーク形状、トンネルバックとなるリアのスタイルに共通性が感じられる。70年代的なウェッジを取り込みながらも、丸みと抑揚が感じられるフェンダーラインなどに着目すると、同じ1975年にデビューを飾るフィオラバンティのデザインによる「ランチア・モンテカルロ」に比べ、時代を遡る感じを受ける。1971年にプロトタイプがデビューした「365BB」のバンパーがボディと一体化してデザインされているのに着目すると、独立して別体でデザインされているバンパーが採用されている「308GTB」は、それ以前にデザインされていたのかもしれないとも考えられる。「308GTB」の開発は、フェラーリの市販車開発チームが担い、チーム責任者は以前からその職にあるアンジェロ・ベッレイとなる。地元モデナのフェルモ・コルニ高専卒ながら、創立直後からフェラーリに入社し勤務を続け、忠実な古参としてエンツォ・フェラーリから篤い信頼を得る人物で「275GTB」に始まり「テスタロッサ」までフェラーリ・ロードモデル開発に従事した。「308GTB」の車体構造は「ディーノ246GT」を踏襲した、フェラーリ伝統となるチューブラーフレーム構造となるが、FMVSSに対応したエネルギー吸収バンパーが装備可能となっている。フェラーリ御用達の鋼管フレーム専門工房ヴァッカーリによる鋼管フレームは、3本のクロームモリブデン鋼で出来た太い楕円断面鋼管を中心に、角断面鋼管を組み合わせラダー形状のセンターフレームを構築している。そこに前後サスペンションや、パワートレインの支持フレームが締結されている。この古くから用いられるチューブラーフレーム構造のシャーシに対して、その外皮となるボディパネルは、70年代に向けてフェラーリが新たに取り組む軽量化技術が用いられている。同様に運動性能を確保するという考えから、FRP製パーツやアルミ製カウルを導入し先にデビューを飾った「365BB」であったが「ディーノ」後継車となる「308GTB」ではそこまでのコストはかけられない。そこで用いられたのがFRP製のボディパネルとなる。その肉厚は3mm〜4mm程度となり、単体で持つとシナリが出る程薄く軽いもの。このFRP製ボディパネルはフロアパネルなどと共に、スカリエッティの工房内で作られ、樹脂製とは思えない程の高いクオリティで仕上げられている。搭載される新開発V型8気筒エンジンは、トリノ工科大でエンジン技術を修めて1963年にフェラーリに入社したエンジン設計スペシャリストのジュリアーノ・デ・アンジェリス工学博士が担当する。開発チーム責任者のアンジェロ・ベッレイとは「365BB」開発時からコンビを組む。「デイトナ」から「BB」に搭載される12気筒エンジンの設計も担当したジュリアーノ・デ・アンジェリスは、このV8エンジンに於いても「BB」と同様に「デイトナ」に搭載される60°V型12気筒DOHCエンジン(ティーポ251型)の設計基本要件を用いて設計を行っている。ボア・ストロークはじめ、動弁系、クランク軸受けまわり、大小端距離137mmとなるコンロッド、94mmのボア間ピッチ等、エンジン設計の根幹を成すポイントは「BB」「デイトナ」用と共通となり、単気筒あたりの排気量も共通の365ccとなっている。「ディーノ246GT」のV6エンジンに比べオールアルミ製とはいえ3ℓ・V8エンジンは重量が嵩むが、FRP製のボディパネルが採用された事により、エアコン込みで車両重量1.3t以内に収まる「308GTB」は、エアコン無しで1.2t台中盤の「ディーノ246GT」に比べ実質軽量化され、それが動力性能アップに貢献し、フェラーリにとっては空前絶後のヒット作となる。エンツォ・フェラーリにとっても肝心なフォーミュラ1において「308GTB」が発表された1975年は、ニキ・ラウダのドライブで11年ぶりにコンストラクターズとドライバーズのダブルタイトルを獲得した格別な年となった。︎ 「308GTB」に搭載されるエンジンは、F106A型とよばれるオールアルミ製90°V型8気筒DOHC16バルブとなり、ボア×ストロークは81.0mm×71.0mmで2926.9ccの排気量をもつ。ダウンドラフト・ツインチョーク・ウェーバー40DCNFを4基備え、圧縮比8.8から最高出力255馬力/7700rpmと、最大トルク30.0kgm/5000rpmを発揮する。パワーフィールは高回転型らしく4000rpmからはっきりとパワーの盛り上がりが実感出来る。片バンクあたり2本のカムシャフトから一旦ギアで減速され、それぞれのバンクに専用のコックドベルトがかけられ駆動される。先にデビューを果たした「GT4」に搭載されるエンジンと同型ながらも「308GTB」用はオイル循環をドライサンプ方式とし、ディストリビューターも、前車が各バンクごと1つずつとなるツイン・デスビであるのに対して、前バンクのみにディストリビューターを備える、シングル・デスビとなっている。このV型8気筒エンジンは、年をおうごとに様々な改良を受ける事となるが、同じ基本設計のまま最後は「360モデナ」に搭載されて2005年迄使われ続けた。「308GTB」に横置きでミッドシップ方式で搭載されるF106A型エンジンは、フィアット傘下のTeksid社製の鍛造クランクシャフトが採用され、出力されたパワーはエンジン左脇にあるケース内の3枚のギアに伝わり、そのギア3枚分だけ下にある、フェラーリ自製となる2軸式5速MTに送られ、LSDの付いたディファレンシャルに届けられる。1977年型迄のスチールボディ・モデルまでマフラーは、1本出しのタイプが採用される為、リア・スカートの切り欠きも左側のみとなる。︎ 足回りは、前後共にダブルウィッシュボーン式となり、コニ製ショックアブソーバーを備える。サス・アームは前後とも大型の鋼板組立式Aアームを上下不等長並行配置するレイアウトとなり、それはレーシングカーの文法に則ったものとなり、前後ともにスタビライザーを装備する。ブレーキは前275mm径、後279mm径のベンチレーテッドディスクを備え、前後ともにAte製の対向ピストンキャリパーが組み合わされる。クロモドラ製(同じデザインのカンパニョーロ製も存在する)マグネシウムホイールは「ディーノ」ブランドが採用していたデザインとは異なり、70〜80年代フェラーリ・ロードモデルの象徴ともいえる5本スポークを持つ星型ホイールとなる。このホイールのデザインは開発チーム責任者のアンジェロ・ベッレイのアイデア・スケッチに基づいて生まれたものといわれている。6.5J×14インチのホイールに組み合わされるタイヤは205/70VR14サイズのミシュランXWXが採用されている。インテリアは、フェラーリ伝統となる細身の3スポークをもつモモ製ステアリングを通して正面に大小5つのメーター類がおさまる小型のメータークラスターを備える。向かって左側に大径の280km/hまでのスピードメーター、右側に7700rpmからレッドゾーンとなる1万rpmまでのタコメーター、その間に逆三角形状に燃料、水温、油圧の小型メーターが配置される。ステアリングコラム左側のダッシュボード下部に、小型の油温計と時計が装備される。これら大小のメーター類は、全てVeglia製となり、ファイバーボディを含む初期モデルに採用されるメーター類の数字のロゴは、リアに付く「GTB」のエンブレムと同様の二重線のレタリングが採用されている。シートは、それ程厚みは無く硬めのレザー張りとなるが、腰部をしっかりとホールドしてくる、疲れにくいものとなっている。ステアリングから右手を下ろした所に丸いシフトノブが位置し、ノブは太めの鋼材から丁寧に削りだした微かにテーパー状となるシャフトに繋がり、その根本にはフェラーリ特有のメタル製のゲートが備わる。この光景もこの時代のフェラーリならではのものとなり、古くは「250GTO」等のレーシング・フェラーリへと繋がるイメージが再現されている。そのシフトゲートがレイアウトされるセンターコンソールには、エアコンはじめ空調用のタンブラースイッチやスライドレバーが並び、クラシックなデザインでまとめられている。ダッシュボードからつながる形でデザインされる、ドアのアームレスト裏側に室内からドアを開ける為のドアハンドルが隠れて装備されている。全長×全幅×全高は4320mm×1720mm×1120mm、ホイールベースは2340mm、トレッドは前後とも1460mm、車両重量は1090kg(1090kgは乾燥重量と考えられ、エアコンを含む装備重量は約1300kg弱くらいといわれている。これでも後に販売されるスチールボディ仕様に比べおよそ100kgも軽く、ディーノと比べてもそのエンジンの大きさを考慮すれば、約50kgの重量増となる。ポイントは車の重心から一番遠い部分であるボディパネルが軽くなっているという事。運動性能に大きく影響する事が容易に想像出来る)。最小回転半径は6.25m、燃料タンク容量は80ℓ、新車時価格は1350万円(松田自動車・1976年)となっている。生産台数は「フェラーリ308GTB/GTS」シリーズをとおして12143台。そのうちファイバーボディは僅か712台といわれている。今回入荷した車両には歴史的、資産的に価値のあるフェラーリ各車を、生産を担ってきたフェラーリ自らが証明した生産証明書「フェラーリ・クラシケ」が取得済みとなっている。認証され「フェラーリ・クラシケ」を取得すると認定書としての赤いブックレットとバッジが与えられる。貴重な文化遺産であるフェラーリの保護と維持に役立てるとともに、スペアパーツの再生産、管理にも有効なものとなっている。︎メーカー公表性能値は、0→400m加速14.1秒、0→1km加速25.4秒。最高速度252km/hとなっている。︎「フェラーリ308GTB」は、1976年11月に連続する24カ月の間に400台生産という規定をクリアし、FIAグループ4の公認車両となる。フランスのフェラーリ・インポーター、シャルル・ポッツィがベネチアに近いパドヴァでレース車両製作を手がけるミケロット(後に「288GTOエボルツィオーネ」や「F40 LM」の製作を担当するフェラーリのGTレースカーの製作、準備、テクニカルサポートを行ってきた開発パートナー)に依頼しコンペティションモデルが造られた。FRPボディをもつ「308GTB」をベースに開発された「308GTB・グループ4」は、左右ともに60mmずつ拡幅したリアフェンダーをもち、徹底した軽量化とロールケージなど補強部材を追加しながらも車両重量980kgとされた。エンジンは燃料供給をボッシュKジェトロニック・機械式インジェクションに換装され、10.4に高められた圧縮比から310馬力/8000rpmを発生する高回転型とされている。主にターマック(舗装路)ラリーを中心に活躍し、1978年10月地元イタリアでWRCサンレモ・ラリーでデビューするがさしたる成績は残せなかった。1981年においては、フランス人ドライバーのジャン・クロード・アンドリューのドライブにより数々のターマック・ラリーに参戦し好成績を残し、ツール・ド・フランス・オートで優勝を獲得する。日本のオーディオメーカーであるパイオニアがスポンサーをつとめ、ブルーのボディカラーで彩られていた「308GTB・グループ4」は、グループBに移行されても4バルブ化されたエンジンで対応するが、改造自由度の高い新興勢力に太刀打ち出来ずフェードアウトし、フェラーリにおけるラリー・ヒストリーは、その幕を閉じた。︎「フェラーリ308GTB」は、実車に対峙すると写真で見るよりそのボディは遥かに緊張感を漲らせ、シャープな美しさをたたえて見える。FRP製となるボディパネルが採用されているといわれても、それを見分ける事は困難な程、丁寧に仕上げられている。唯一、Aピラー上部に残されたルーフとの繋ぎ目は、FRP製ボディだけに存在するものとなっている。Bピラーに沿ってドアから直立する、小さなドアノブを手前に引くとコトリとドアが開く。尻もちをつく様にシートに腰を下ろすと見た目以上に低い目線は、この時代のフェラーリならではといえるもの。それでも全方向の視界は良好でフロントウィンドウを通して見える、左右のフェンダーの峰は、ボディ感覚を掴むのに有効となり、ミッドシップモデルとしては後方の視界も望外に良い。これらはデザイナーのフィオラバンティ自身がドライバーとしてフィアットやアルファロメオ 、ランチアで、ラリーやヒルクライムに参戦していた頃の経験を活かしてデザインしたものだと言われている。「308GTB」を走らせる為に操作で直接触れる部分となるステアリング、ギアレバー、シート、ペダル類は全て、骨格となるチューブラーフレームに直付けされている。これにより、ガッシリとした剛性感のある操作感覚が生まれ、クルマとの一体感を強く感じられ、この操縦感覚はチューブラーフレームを持つフェラーリならではとのものなる。重めのクラッチを踏んでギアレバーをゲートに沿って左列の手前に引いて1速に入れる。クラッチペダルをゆっくりエンゲージしていくとアイドリングのままでも、充分な低速トルクによりクルマは動き出す。ノンパワーのステアリングは低速時にはチカラを要するが、走り出してしまえば軽く操作出来、ややスローながらもフィードバックもあり扱いやすいものとなっている。ゆっくりと走り始めギアボックスのオイルが温まるまでは、2速は使わず3速に入れる。ある程度スムーズにエンジンが回り始めると、右側からウェーバー・キャブレターの吸気音が、左側から3連のドライブギアのキーンという金属音が聞こえてくるのがわかる。左右から響く別々の音がキャビンで交錯する。V8エンジンは吹け上がりも鋭く、その回転ぶりは軽快そのもの。4000rpm以上でのパフォーマンスは素晴らしく、クォーンというチカラ強い澄み切った咆哮を発してカムに乗り、5500rpmを超えると頭打ちどころか、そこからもうひと伸びして7000rpmのイエローに吸い込まれる様に吹け切る。そのトップエンドでのサウンドは「フェラーリ・ミュージック」とよべるもので、キャブレターの吸気音、エンジン・サウンド、ギアの唸り、マフラー・サウンドが渾然一体となったシンフォニーとなる。「ディーノ246GT」と同じホイールベースをもつコンパクトなボディは、ワインディングロードでも、きわめて取り回しやすい大きさと軽快さが感じられる。なるべく4000rpmから上の回転をキープ出来ればトルクに不足は無く、僅かな舵角にも反応してくれるステアリングと、頼れるブレーキシステムを操ってのドライビングは至福の時となる。クルマの動きの軽快さや旋回モーメントの立ち上がりの良さは、ミッドシップ方式でエンジンを搭載している事と、軽いファイバーボディの影響といえるだろう。フェラーリ社創業当時から、エンツォ・フェラーリのもとで働いてきた開発チームの責任者アンジェロ・ベレイと、エンジン設計を担当したトリノ工科大卒のエリート・エンジニアのジュリアーノ・デ・アンジェリス達が作りたかった「ディーノ」の真の後継車は、このファイバーボディを持つ「308GTB」だった。まさに彼らの狙い通り、即ち創業者エンツォ・フェラーリの創造した走りと佇まいをもった、理想のスモール・フェラーリの出発点となっているという事に他ならない。今年2025年は「フェラーリ308GTB」の登場から、ちょうど50年を迎える記念すべき年となっている。