サイズ
長 428.0 cm 幅 176.0 cm 高 130.0 cm
メルセデスベンツの「SL」とは「Sport Leicht(シュポルト・ライヒト)」のイニシアルで「軽量なスポーツカー」を意味する。その初代となるW198型のコードナンバーを持つ「300SL」は1954年に登場し、マルチ・チューブラー・スペース・フレーム構造によるシャーシとボッシュ製燃料噴射装置を備えドライサンプ式となる直列6気筒SOHC3ℓエンジンを搭載した、スーパー・スポーツだった。比類なき高性能を備え、その特徴的なドア形状から「ガル・ウィング」というニック・ネームが付けられた。モータージャーナリストの小林彰太郎は、自動車専門誌カーグラフィックを創刊するにあたり、この300SLの動力性能テストを掲載するべく友人を通じて奇跡的に借り出す事に成功した。そしてそのインプレッションの冒頭で「メルセデス300SLのハンドルを握って思い切り飛ばす事、それは恐らくすべてのスポーツカー愛好家の見果てぬ夢に違いない…」と綴っている。300SLは販売された年にニューヨーク・オートショーで発表されると、瞬く間にアメリカで人気となり、1957年に「300SLロードスター」が追加される事となる。この300SLと併売する形で1955年に発表されたW121型となる「190SL」は高く評価され8年間で25881台が作られた。それらの後継車として、1963年春のジュネーブショーでデビューしたのがW113型となる「230SL」であった。当時のメルセデス・サルーンの特徴である縦目のヘッドライトと300SLのフロントグリル・デザインを継承し、中央の凹んだ独特な形状のハードトップとなる通称「パゴダルーフ」をセールスポイントとしていた。これらのデザインは、メルセデスベンツのデザイン部門に在籍するフランス人デザイナーのポール・ブラックによるもの。ポール・ブラックはその後BMWに移籍し、最も美しいクーペ といわれたE24型6シリーズ(635csiに代表される)を手がけた人物となる。またパゴダルーフの語源は、ミャンマーの仏塔(ストゥーパ)を指す「パゴダ」から来ているもので、アジア全域で見られる建築用語となる「大きな庇の両端に行くに従い反り返った形状の屋根」を表す言葉となっている。230SLの開発は300SLRや300SLを手がけたグランプリカーのエンジニアである、ルドルフ・ウーレンハウトが関わっている。それだけに1963年〜65年のインターナショナル・ラリーチャンピオンシップで活躍し数多くの成績を残すこととなり、そのハイパフォーマンスは侮れないものとなっている。230SLは5年間で19831台を生産し、1967年にM129型となる2.5ℓエンジンを搭載した「250SL(3年間で5196台生産される)」を経て、1968年にM130型となる2.8ℓエンジンを搭載した「280SL」に進化する。︎280SLが、搭載するエンジンはM130型と呼ばれる水冷直列6気筒SOHCで、ボア・ストローク86.5mm×78.8mmを持ち、2778ccの排気量と9.5の圧縮比から170馬力/5750rpmと24.5kgm/4250rpmのトルクを発揮する。このエンジンは、230SLの登場時からボッシュ製機械式燃料噴射装置を備え、生産モデルとして初めて燃料噴射装置を装備した300SLの流れを汲む、直列6気筒ならではの滑らかな回転感を持つ。最大トルク発生回転数が高いわりには、低中速トルク感に不足は無く豪快な加速フィールを味わえる。また併せて低速での市街地走行も、現代の流れに充分通用するコンフォート性を兼ね備えたものとなっている。組み合わされるトランスミッションはW113型となった230SL登場時には、4速か5速のMTが設定されていた。それが250SLに進化した際、4速フルオートマチックトランスミッションをオプションで選択出来る様になった。注目は多くの欧州メーカーがZFやボルグワーナーなど、専門メーカーのATに頼っていたのに対しメルセデスベンツは、あくまでも自社製にこだわっていた事。当時としては、4速ATであることだけでも珍しい上に、トルコンの代わりに構造的に単純となるフルードカップリングを採用している。可能な限りシフトチェンジ時のスリップを抑えている仕組みなので、シフトショックは出るがダイレクトな加速感は、マニュアルトランスミッションに劣らない。しかも最近のシングルクラッチ式2ペダルM/Tの様に、変速時に僅かにスロットルペダルを緩める事により、シフトショックを軽減することも出来る。また、現在のメルセデスベンツ各車につながる、クランク状のシフトゲートをもつ、ロック機構の備わらないATセレクターレバーは、多くのクルマとは逆となる、手前から前方に向かってP・R・N・4・3・2と配置されている為、慎重な扱いが求められるものとなっている。︎足回りは、前ダブルウィッシュボーン式+コイル、後スウィングアクスル(コンペンセーター・スプリング付きローピボット・シングルジョイント)+コイルとなる4輪独立懸架となる。ブレーキは4輪ディスクブレーキを備え、近代的な足回りと190SLに比べ広いトレッドは、当時としては太目となる185HR14サイズのタイヤを装備することでスポーティに走らせる事が可能となっている。︎インテリアは、クロームメッキを随所にあしらった、クラシカルなデザインのインパネを装備し50年代テイストとなる。メーターリングをはじめとし、空調まわり、ホーンリング、シフトまわり、のクローム装飾は、ボディカラーを用いたインパネにとても良いアクセントを与えている。パワーアシストの付いた、握りの細目な大径ステアリングの奥には、6500rpmからレットゾーンとなる7000rpm迄、刻まれたレブカウンターを左側に、220km/h迄のスピードメーターを右側に配置。その間に、燃料、油圧、水温の3種のメーターとインジケーターがレイアウトされている。低めにセットされたヘッドレストと、パゴダルーフの細目のピラーのおかげで、全方向の視界はすこぶる良好なものとなっている。全長×全幅×全高は4285mm×1760mm×1305mm、ホイールベースは2400mm、トレッド前1486mm、後1487mm、車両重量1340kg、燃料タンク容量82ℓとなっている。今回入荷した280SLは、1967年11月〜1971年3月迄の間に23885台が、生産されたW113シリーズの中で最も多く生産されたモデルとなるが、7935台がラインオフした1970年後期となる、貴重な最終モデルのうちの1台となっている。公表性能値は最高速度195km/h(4MTモデル)となり、230SLの最高速度200km/h(0→100km/h加速は11秒)に比べあまり変わらないのは、低められたファイナルギアが原因。メインマーケットとなるアメリカからエンジンのレスポンスアップの要請が強くなされ、ファイナルギアレシオは230SLが3.75、250SLが3.69、となり280SLでは排気量を上げた上に4.08が採用されていることによる。W113型は、最も美しいメルセデスベンツの1台といわれ続けたモデルとなっている。また、今となっては街中での取り回しのしやすい、サイズ感も価値あるものと言えるだろう。ATセレクターの4のポジションをセレクトしてスタートすると、2速発進となるが、低められたファイナルギアとW113型としては大きい排気量となる為、加速感はパワフルなものとなる。減速時にもシフトダウンをするATはダイレクトに感じられ痛快なドライビングが味わえる。路面の荒れた道では、乗員にゴツゴツ感は伝わるがオープンボディにもかかわらず、さすがメルセデスと言いたくなるボディ剛性により不快な振動はシャットアウトされる。タウンスピードでは硬めのサスペンションはスピードの上昇とともに、しなやかさを増し本来存在すべき速度帯を教えてくれる。また高速域でのブレーキ性能に不安は無く、安心して踏み込む事が出来るのも、メルセデスらしいところとなる。やはり、アウトバーンで鍛えた動力性能は、求める世界が決定的に異なることを再確認させられるとともに、メルセデスのクオリティの高さが垣間見える。W113型の後継となるR107型のSLからはエミッションコントロールなどの影響からV8エンジンを搭載し、よりGT色の強い味付けとなっていく。それに比べるとW113型は、あの300SLの面影を何処かに漂わせその流れを汲む血統を感じる事が出来る「Sport Leicht」名乗れる1台となっている。