フェラーリDINO246GT
フェラーリの製造したエンジンの中でも、後に“名機”とよばれる事になる「ディーノV6」ユニットの基本コンセプトを発案したのは、エンツォ・フェラーリの長男で、1956年に世を去ったアルフレード・フェラーリ(ディーノ)と、1920年代からモータースポーツ界きっての最高の技術者として知られるヴィットリオ・ヤーノであるというのが定説となっている。1955年、アルベルト・アスカリの事故死をきっかけに解散を余儀なくされたランチア・ワークス・レーシングチームは、革新的なフォーミュラー・マシン「D50」を含むチーム体制そのもの全てをフェラーリに委ね、ランチアのテクニカル・マネージャーだったヴィットリオ・ヤーノも、アルファロメオ時代からの旧知の仲だったエンツォのもとで再び共に新たな技術をカタチにする日々を送る。一方、父であるエンツォと同じくエンジニアとして歩み始めたディーノは、モデナの工業高校を卒業後、ボローニャの大学で自動車工学を専攻し、フェラーリの一員となっていた。しかしこの頃、彼の身体を蝕んでいた病(正式な病名は未公表で、筋ジストロフィーや白血病といわれている)が、深刻さを増していた。幼少の頃よりディーノと面識があったヤーノは、その状況に心を痛めながらもディーノの病床に赴き、一緒に”新たなV6エンジン“の構想を練るとともに開発に尽力した。ディーノの死後、完成した2.5ℓ・バンク角65度のV6エンジンは、FR時代最強のフォーミュラー用エンジンとなり、このエンジンを搭載した「ディーノ246F1」は、1958年にはマイク・ホーソーンに英国人初のワールドタイトルをもたらす。1961年になると65度のバンク角をもつディーノ・ユニットは、フェラーリ初のミッドシップ・フォーミュラー「156F1」に搭載、フィル・ヒルと共に再び世界チャンピオンを獲得する。また黎明期のミッドシップ・レーシングスポーツ「196SP」や「286SP」、フォルギエーリ時代以降に造られた「166」や「206SP」など、その排気量は1.5ℓ〜3ℓ迄と多岐にわたり、様々なレースカテゴリーにその名を刻んだエンジンとなる。しかし60年代後半、ディーノ・ユニットに転機が訪れる。1966年にFIAは連続する12ヶ月間に500基以上の生産を要求する新たなホモロゲーションを発表。フェラーリはフィアットと提携して2ℓの「ディーノV6ユニット」をフィアットの工場で量産するというプロジェクトで対応する。そして、このエンジンを搭載するスポーツモデルの製作を決定すると、フェラーリはロードモデル「ディーノ206GT」を開発。フィアット側では同じくロードモデルとして「ディーノ・クーペ」と「ディーノ・スパイダー」の生産が始まる。「ディーノ206GT」に搭載されるフィアット製V6エンジンは、レーシングモデルの「206SP」などと基本的には共用となるティーポ135B型となる。「206SP」用ではルーカス製燃料噴射装置が組み合わされ220馬力を発揮していたが、ロードモデルの「206GT」に搭載するにあたり、燃料噴射装置は3基のウェーバー・キャブレターに換装され、最高出力は180馬力に設定しロードユースへの対応が図られている。このモデルのシャーシは、60年代始めから作製されてきたミドシップ・レーシングモデルのノウハウが活かされヴァカーリ社で作製される。ティーポ135B型エンジンはシャーシに横置きに搭載され短めのホイールベースで運動性能を確保した上で、GTモデルとしての居住性が考慮された設計とされている。ボディデザインはカロッツェリア・ピニンファリーナに、ボディ製作はスカリエッティに任されアルミ製とされている。このボディデザインは、1965年のパリサロンで発表されたピニンファリーナのデザイナー、アルド・ブロヴァローネによるスタディモデル「ディーノ・ベルリネッタ・スペチアーレ」を起源としている。当時チーフ・デザイナーになったばかりのブロヴァローネの手掛けたスタディモデルをベースに、若き日のレオナルド・フィオラバンティが3年の歳月をかけ3度の手直しを行い、ようやく市販モデルの発表まで漕ぎつけた。1967年10月からスカリエッティで製作された「ディーノ206GT」は、プロトタイプを含めて150台。「フィアット・ディーノ・クーペ/スパイダー」と合わせて無事にFIAのホモロゲーションの取得を果たす。「ディーノ206GT」は、その本来の目的を果たすとともに、類い稀なるボディデザインの美しさと、素晴らしいハンドリング性能で当時のフェラーリの傑作とよばれるようになった。フェラーリにとっては、初の量産ミドシップ・モデルとなる「ディーノ206GT」は、プロトタイプ的な意味合いも強かった事から、本格的なプロダクションモデルとして、ほぼそのデザインを維持したまま「ディーノ246GT」へとモデルチェンジが行われ、1969年のジュネーブショーで発表される。この年からフィアット傘下となったフェラーリは、フィアットの要求する生産性の向上と耐久性を考慮してボディはスチール製となり、エンジンは新開発の2.4ℓ・V6エンジンへ換装される。ボディ製作を担当するスカリエッティでは、安定的な量産を考慮し本格的な鋼板プレスマシンを導入し対応を図っている。「ディーノ206GT」と同じヴァカーリ社製のクロモリ製鋼管フレームを用いながらホイールベースを60mm延長された「ディーノ246GT」は、ボディを85mm延長し、ヘッドクリアランス確保のため僅かに全高を高め、その美しいボディデザインと卓越したハンドリングを継承し、高い動力性能をもつモデルとして生産される事となる。︎ 「ディーノ246GT」に搭載されるエンジンはフィアットの意向を汲んで、フェラーリ製V型12気筒エンジンの設計にも携わったアウレリオ・ランプレディにより再設計された、ティーポ135CS型とよばれる65°V型6気筒DOHC12バルブエンジンとなる。ボア×ストロークは「206GT」に搭載されていた1986ccの排気量をもつティーポ135B型の86.0mm×57.0mmから、92.5mm×60mmに改められ2418ccの排気量を得る。ダウンドラフトのツインチョークウェバー40DCNF型のキャブレターを3基備え9.0の圧縮比から、最高出力195馬力/7600rpm、最大トルク23.0kgm/5500rpmを発揮する。この値は「206GT」と比べると15馬力/4kgmのパワー/トルクアップを示す。アルミブロック製だった「206GT」用135B型エンジンから鋳鉄ブロック化されたこのエンジンは、フィアットの要求する柔軟性と信頼性を確保した上で高い耐久性をもつ。乾燥重量は134kgとなりアルミ製に対して僅か4kgの重量増に留められている。組み合わされるトランスミッションは自社製5速MTとなり、ロッキングファクター40%の機械式LSDが装備されている。 足回りは前後ともにダブルウィッシュボーン式となり、コイルスプリングとスタビライザーを装備、KONI製ショックアブソーバーが採用されている。ブレーキは4輪ベンチレーテッドディスクを装備し、Ate製ブレーキキャリパーが組み合わされている。ホイールは「206GT」時代からのデザインが継承された4輪ともにクロモドラ製の、リム部に「Dino」の刻印をもつ6.5J×14インチサイズの軽合金ホイールを装備。205/70VR14サイズのミシュランXWXが組み合わされている。「206GT」の3本爪のスピンナーが特徴となるセンターロック式は、「246GT」の初期モデル、ティーポLまで採用されている。1970年以降のティーポM、ティーポEでは、オーソドックスな5本のメッキが施されたスタッドボルトによる固定式に改められ「Dino」のセンターキャップが装着されている。 インテリアは、車両の大きさを考えれば広く感じられるもので、それはミッドシップモデルとしては斜め後方を含め、全方位に開けたルーミーな視界が得られている事にもよる。モモ製3スポークのレザー巻きステアリングを通して見えるメータークラスターには、Veglia製メーターが大小8個おさめられ、やや上向きの角度をつけて固定されているステアリングホイールは、この時代の「フェラーリ」の特徴となる。「ディーノ246GT」は1970年からのティーポMとよばれる中期モデルから、空調コントロールレバーがフロアコンソールからダッシュボードに移設され、これによりグローブボックスの横幅が短くなっている。このティーポMからスティールフレームにFRPパネルを加える事で、前後バルクヘッドから侵入してくるノイズと熱の対策が施されコンフォート性能の向上が図られている。また1971年からのティーポEとよばれる後期モデルからはオプションでエアコンが選択出来るようになっている。今回入荷した車両は1972年型で、フロントエアインテーク部まで回りこんでいたバンパーは開口部手前迄と短くされたティーポEとなる。ティーポMから継承された交差式ワイパーを装備するが、ティーポEの途中から一般的なパラレル型へと変更されている。フェラーリの各モデルと共通の丸いシフトノブとメッキを施したシフトゲートがフロアコンソールに備わり、その横にはシガー・ライターと手前にはアシュトレイ、パワーウィンドウスイッチ、後方にはサイドブレーキレバーが装備される。ティーポM以降、ヘッドレストはリアバルクヘッド側からシートに装着されるようになり、バックレスト一体式のシートはリクライニングは効かないタイプとなっている。ペダル類が近く、ステアリングがやや遠くなる古典的なイタリアンスタイルのドライビングポジションとなる。︎ 全長×全幅×全高は4235mm×1700mm×1135mm、ホイールベースは2340mm、トレッド前1425mm、後1430mm、車両重量1080kg(乾燥重量となり実質1200kgといわれている)。燃料タンク容量70ℓ。新車時ディーラー価格900万円(1973年・西武自動車)。生産台数は「ディーノ246GT」は2487台、タルガ・トップモデルの「246GTS」は1274台となっている。メーカー公表性能値は0→400m加速15.4秒、最高速度235km/h。カーグラフィック誌による実測データは、海外契約レポーターでモータージャーナリストのポール・フレールによる海外でのテストデータが掲載され、0→100km/h加速7.1秒、0→400m加速14.8秒、0→1000m加速27.0秒、最高速度233km/hとなっている。発表当時、名門の血統を受け継ぐ高性能スポーツモデルということで、顧客がレース参戦を志すのは自然な事。1969年の「セブリング12時間レース」には、米国人のアマチュア・ジェントルマンレーサー、ボブ・ディーニが参戦し、同国ルイジ・キネッティ率いるフェラーリ・セミワークス・チーム、”N.A.R.T(ノース・アメリカン・レーシング・チーム)“の全面協力を得ていたが記録は残せなかった。欧州のマイナーなイベントにも参戦した「206GT」は、1969年7月「グランプレミオ・ムジェッロ」でクラス6位という結果を残している。生産台数が限られていた「206GT」は「GT」クラスのホモロゲーション枠には入れず「プロトタイプ」クラスでのエントリーを余儀なくされていた。モデルチェンジ後の「246GT」では1971年11月に「GT」クラスの”グループ3“及び”グループ4“のホモロゲーションを取得した事で「GT」クラスへのエントリーが可能となり、マイナーイベントに限らず国際級のレースにも参戦した記録が残る。1971年に参戦した「タルガ・フローリオ」ではベルナ/コセンティーノ組がクラス8位、同年「ニュルブルクリンク1000km」ではコムシン/ミュラーズ組が総合26位などの成績を残している。中でも有名なのが1972年の「ル・マン24時間レース」で”N.A.R.T“主導で「246GT」をベースに参戦マシンを製作。これにはマラネロ本社も深く関与している。この「246GTコンペティツィオーネ」ではインテリアをストリップダウンし、エクステリアではフロントのトランクフード上のスリットを増設。バンパーは外され、7.5インチのカンパニョーロ社製・幅広マグネシウムホイールを装備しグッドイヤー製スリックタイヤを装備。それを覆う様に、それぞれのフェンダー上にはフェンダーリップが加えられたモデルとなる。トランクスペースには180ℓのレース用燃料タンクを搭載、これにより操縦性は満タン時には困難を極めた。フロントノーズ下部にスポイラーを装備し過大なリア荷重と何とかバランスを得たカーNo.46を付けた「246GTコンペティツィオーネ」は、決勝でジャンピエール・ラフィーチ/ジル・ドンシュー組のドライブにより総合17位を獲得する戦果を挙げている。︎ 「フェラーリ」のエンブレムを付けていなくても「ディーノ246GT」の低く蹲った佇まいを遠目に見ると、それは紛れもなく往年の「フェラーリ」そのものの美しいベルリネッタであると感じられる。近づいていくとフロントノーズには「275GTB」の面影をもち、リア・クォーターからフェンダーのラインは「250LM」を想起させる。ウェストライン上のメッキの施された小さなドアノブで厚みのあるドアを開き、低いシートに腰を降ろすとフロントウィンドウ越しに左右の盛り上がったフロントフェンダーが目線の高さにに入る。前方のみならず全方向に視界は開け、特にリアクォーター・ウィンドウの切り方と湾曲したリアウィンドウによりもたらされる後方の視界は、ミッドシップモデルとしては異例とも言えるほど良好。シートスライドのみによるドライビングポジションの調整はペダルで合わせるとステアリングが遠くなってしまう為、ステアリングのリーチを考慮しながら妥協点を探す。キーを捻りエンジンを始動させると、グラスファイバー製のフロアやリア・バルクヘッドを通してエキゾーストノートと同じくらいの音量でチェーンドライブのエンジン音がキャビン内に響く。クラッチを踏んで丸いシフトノブを左手前となる1速に送り、クラッチをゆっくりとエンゲージすると自然に車両は走り出す。豊かな低速トルクにより思ったより簡単に動き出せるが、この時代のフェラーリのギアボックスには少しクセがあり、特に走りはじめた直後には2速ギアには入りにくく、ギアオイルを温める事が必要とされる。そこで、走り始めは2速を飛ばして3速を選びエンジンとギアオイルが温まるのを待つ。こんな対応が必要となるのも同じ世代の他の「フェラーリ」各車と同様となる。エンジンの回転数を上げ始めると、目眩くその音色を変えていく「ディーノ246GT」のサウンドは、人間の耳につく低音域を抑え気味にして中高音域を抽出して柔らかく聞かせるものでミュージックとよばれる程、心地よい響きをもつ。このエンジンの持ち味はフレキシブルな低回転と中速域からのレスポンス、高回転時の伸びやかな回転感で、そのサウンドとあわせて、どの回転域にあっても豊かなキャラクターを感じさせるエンジンとなる。またタウンスピードを含めて、低速域から高速域まで通して良好な乗り心地は、乗員が重心付近に座っているというポジショニングのせいでもあるがスピードを増すにつれ、よりフラットになる傾向を見せる。全体的にローギアードとなる5段ギアボックスは長めのシフトレバーと「フェラーリ」ならではのシフトゲートをもつ為、シフトレバーの動きは大きく、素早いギアチェンジには慣れが必要とされる。その加速では同時代の「ポルシェ・カレラ」に一歩譲っても、エンジン回転が4500rpmから上にいくにしたがいマフラーとエンジンのサウンドがシンクロし始めると、回転の上げ足を速め5000rpmを超えるとパワーの炸裂感を感じさせる。そのサウンドと併せて、このエンジンの豊かなキャラクターは評価も高く多くのファンをもつ。ドライバーの視界に入る左右のフロントフェンダーは、コーナーリング時にクルマを理想的なラインに乗せるのに絶好なガイドともなっている。ステアリング・ホイールに添えた手を僅かに動かすだけでノーズは素直に反応を示し、そのまま保舵力が重くなることも無く、思い通りのラインでコーナーをクリアしていける。この軽快感は、他のフェラーリ製ロードモデルではなかなか得られるものでは無い。2速あるいは3速のフルパワーをかけてのコーナーリングに於いても前後タイヤは絶妙にバランスし、純粋にニュートラルステアを保とうとする。ハンドリング特性は、極めて高次元なものとなり自信を持ってワインディングを堪能する事を可能とし、ミッドシップ黎明期にこれだけバランスの取れた挙動に仕上げていた事に、驚きと感動を覚える瞬間となる。その秀逸なボディサイズと、時代を代表する素晴らしいボディデザインを目の前にすると、これまでの自動車技術の進化に改めて疑問を投げかけざるをえない。スポーツカーに必要なのはドライバーの思いに忠実に反応してくれるエンジンとハンドリング。その上で「ディーノ246GT」には魅力的なボディデザインとエンジンサウンドが備わっている。停車している佇まいも走らせてドライブする感覚も、言葉で語り尽くす事の出来ない魅力に溢れた貴重な「クラッシック・フェラーリ」と言えるだろう…