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ウエスタン自動車輸入車両
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メーカー
メルセデスベンツ
ミッション
オートマ
グレード
ウエスタン自動車輸入車両
ボディタイプ
外装色
アイボリー
年式
1971 年型
走行距離
140.220km
乗車定員
5 名
サイズ
長 490 cm 幅 184 cm 高 140 cm
エンジン形式
排気量
3499 cc
馬力
200
トルク
19.2
車検
令和9年5月
ハンドル
駆動区分
輸入区分
ディーラー
内装色
ブラウン
燃料区分
ガソリン
幌色

96.756km時積算計交換、現積算距離 43.460km、43.248km時パワーステアリングギアボックスオーバーホール等記録資料多数揃っております。

人がいて、クルマがあり道がある。その前提の中に自動車メーカーの考えは息づいている。世の中には様々な人がいて、様々な道がある。自動車メーカーはクルマが商品であることから、顧客の期待に応えようとニーズを重視する事は不可欠となる。多くのメーカーの考え方は、それぞれの車種により異なるコンセプトで構築される。今でこそ、環境や安全などに積極的に取り組む姿勢を示し、メーカーがそれを主張してみせる事はあるが、クルマそのものが人とどう関わるべきかを示してきたメーカーはメルセデスベンツ以外には無い。メルセデスベンツが培ってきたその考えとは「最善か無か…」に他ならない。その考えは1886年に4輪ガソリン自動車を発表したゴットリープ・ダイムラーの言葉に端を発し、ダイムラー・ベンツ社が誕生する以前の事となる。ゴットリープ・ダイムラーは「最高の水準を達成する為に最善を尽くして、安易な妥協はしない」というクルマ造りに対する姿勢をこの言葉にこめたといわれている。やがてゴットリープ・ダイムラーのダイムラー社と競合相手だったベンツ社は1926年に合併し、ダイムラー・ベンツ社が設立される。そして「最善か無か」の言葉は、現代まで続くメルセデスベンツ社の企業哲学としても引き継がれてゆくこととなる。自動車産業は、それぞれの国の工業、産業基盤レベルそのものに多くのものを依存せざるを得ない。それは自動車産業だけに限らず、航空機、宇宙事業、軍事産業等、高度な工業技術が必要とされる分野全てに該当する。自動車を構成する鋼板を供給する製鉄業、多様なゴムや樹脂を供給する化学産業、工作機械産業、アルミ鋳造産業、電子/電気産業、ガラス産業などの基盤が存在しなければ、自動車会社にどんなに優れた設計者がいたとしても、優れた自動車を作る事は不可能となる。内燃機関(ICE)により駆動される自動車の創始者として、メルセデスベンツ社はドイツという国のマイスター制度に支えられた高い工業文化を背景として20世紀の世界の自動車技術をリードし続けてきた。その誇りがあらゆる面で、最高レベルを追求する自社の企業哲学として表現されている。自動車が「走る、曲がる、止まる」という基本要素に加え、快適性、安全性を含めたあらゆる面において最高レベルでの技術の追求を絶えず続けてきたメルセデス・ベンツ社の自動車作りはドイツという国ならではの、モノ作りへの強いこだわりを感じさせるとともに、それを背景として常に進化と発展を繰り返しながら成長し続けてきたものとなっている。1926年合併によりダイムラー・ベンツ社が誕生する以前に加入したオーストリアの有能な設計者、フェルディナント・ポルシェは、ダイムラー・ベンツ社に籍をおいた6年の間に、信頼性の高いスーパーチャージャー付き高性能車の設計にあたっていた。「250SS」や「SSK」はル・マンやミッレミリアで大活躍し、その高い評判はヨーロッパ全土に響いていた。1934A.I.A.C.A(現在のFIA的存在)によりグランプリが開催されるとダイムラー・ベンツは、アルフレート・ノイバウアーをマネージャーとして参戦。アウトウニオンとの一騎討ちともいえる闘いをルドルフ・ウーレンハウト設計の「W154/163」により勝利を得る。しかし全欧は再び戦乱の中に巻き込まれてしまう。第二次世界大戦の戦時下に於いて、工場設備の80%を失ってしまったメルセデスベンツ社は、その輝かしいレーシングヒストリーを完全に途絶えてしまう。そんな中で、再びサーキットでの栄光を手にするべく、ルドルフ・ウーレンハウトを中心に1952年、グランプリ用フォーミュラーとなる「W196」と、レーシングプロトタイプの「W194」の開発が行われる。この「W194」レーシングプロトタイプは、高剛性チューブラーフレームとマグネシウム合金(エレクトロン)製ボディにより僅か870kgの軽量ボディを活かし、ル・マン、カレラ・パナメリカーナ、ミッレミリアで次々に好成績をおさめる。息を吹き返したメルセデス・ベンツ社は、再び高級車の分野にもカムバックするべく、1951年のフランクフルトショーでは全く新しい6気筒エンジン搭載の「220(W187)」と「300(W186)」をデビューさせる。「220」は、M180型とよばれる2195cc/78.8馬力のSOHC6気筒エンジンを搭載した中型車で最高速度145km/hを誇り「300」はメルセデス・ベンツ社のラインナップの中で、最高級大型モデルの原型となる。「300」は、6ライトのキャビンをもちメルセデス・ベンツの戦後復興を象徴するモデルとなり、当時の初代ドイツ連邦首相のコンラート・アデナウアーが愛用したことから「アデナウアー」の愛称でも親しまれた。発表時の「300」は、ツインキャブレターを装備するM186型・2996cc/115馬力のSOHC6気筒エンジンにより、最高速度160km/hを達成していたが、後に燃料噴射装置を装備すると180馬力を発揮、ATと組み合わされ165km/h迄最高速度を伸ばした。「220」には発表当初から「カブリオレ」が設定され、1956年からは「クーペ」モデルが存在する。「300」には195110月のパリサロンでホイールベースを短縮した2ドアモデル(W188)の「300Sロードスター/カブリオレ」「300Sクーペ」が発表され、M186型エンジンはソレックス3連キャブレターと圧縮比アップにより150馬力を発揮するエンジンが搭載されていた。このモデルは戦前の最高級スポーツモデル「540K」の再来といわれ、ハンドメイドの部分が多く残されことから、クラフトマンシップにおける頂点のモデルともいわれている。1955年「300S」は「300SL(W198)」にも採用されたサスペンション型式と鍛造製アーム類の採用により足回りが改良され、ボッシュ製機械式燃料噴射装置を装備したエンジン(=300SLM198型エンジンのデチューン版)を搭載する「300SC」に進化する。この「300SC」は98台が生産され、当時のニューヨークでの販売価格は「300SL」の3割以上も高額だったといわれるモデルで、当時のメルセデス・ベンツがもつ最高の技術が惜しみなく注ぎ込まれたモデルとなっている。1950年代中頃に「220(W180)」は、セミモノコック・ボディの新型に生まれ変わり、1959年になると縦型ヘッドライトにテール・フィンをもつ「220b(W111)」に進化する。このW111型をベースに、1961年に最高級モデルだった「300(W186)」の後継車として生まれたのが「300SE(W112)」となる。設計はいちだんと洗練され、工芸品的な味わいと引き換えに現代に繋がる安全性や高い走行性能を発揮するモデルとなっている。乗用車部門の責任者フリッツ・ナリンガーは、販売に陰りが見えてきたハイクラスの2ドア・モデル「300S(W188)」の後継車をこのW112型をベースに開発する事を提案するが「220(W187)」の2ドア・モデルも旧態化している事から、双方のモデルの後継車として市場拡大と効率的なアプローチを重視してW111型プラットフォームに統合し開発する方針を決める。これにはアルブレヒト・フォン・ゲルツによるエレガントな佇まいをもつBMW503/507」による少なからぬ影響と、次世代の新たなメルセデスベンツ製グランドツアラーの模索も含まれている。フランス人デザイナーのポール・ブラックは、当初「300SL」のフロントフェイスをモチーフに、この新型2ドア・モデルのデザインを進めたが、より伝統的で保守的なラジエーターグリルを用いる方向で修正を図る。最大マーケットである北米を意識して、当時アメリカ車を中心に流行していたフィンテールという垂直尾翼形状のフィンを、左右ボディ後端に控え目な形状で用いた事で、エレガントで華のあるリアスタイルが形成された。「300SLロードスター」に用いられたハードトップのデザインは「190SL(W121)」にも引き継がれ賞賛された事から、この新型2ドア・モデルにもその形状が引用されると洗練されたバランスを見せ、最終的にフリードリッヒ・ガイガーのデザイン・チームは、ポール・ブラックを中心として非常にクリーンなラインが特徴のクーペ・ボディのデザインを完成させる。センターピラーの無いサイドウィンドウに、アップアラウンドのフロント、リアウィンドウをもつ時代を超越したそのスタイリングは、エレガント極まりない纏まりを感じさせるものとなる。デザインの起源を尋ねられたポール・ブラックは「共同設計に沿って完成に至ったこのデザインは、チームワークによるものだ」とコメントを残している。このデザインを元に1958年にクレイモデルが完成すると、1960年代に入り走行テストが繰り返された。セダンモデルと共通のシャーシを用いる事により、前後クラッシャブルゾーンも有効に活用出来たことにより、ピラーレスのクーペボディであってもメルセデスベンツらしい高い安全性が確保されている事が確認された。こうして1961年ジュネーブショーで公開された「220SEクーペ」は、タコメーターやフロアシフトにより、スポーティーな雰囲気と、2ドアのメルセデスベンツ製高級パーソナルカーがもつ気品を兼ね備えた贅沢なモデルとして新たな時代の扉を開いた。オープンボディの「220SEカブリオレ」も同時に公開され、ボッシュ製燃料噴射装置が装備されたM127型・2195cc/134馬力・SOHC6気筒エンジンを搭載する、この新型クーペは最高速度170km/h迄到達する性能を備えていた。1965年のフランクフルトショーでは「250SEクーペ(セダンはテールフィンの無くなったW108/109型となるが、クーペとカブリオレはW111型を継続する)」に進化し、M129型・2496cc/150馬力・SOHC6気筒エンジンが搭載され、最高速度は185km/hへとアップする。そして196711月になると「250SEクーペ」はW111型のコードナンバーをもつ最終進化モデル「280SEクーペ」となりM130型・2778cc/160馬力・SOHC6気筒エンジンを搭載し、最高速度を195km/hまで伸ばす。短い間で並いるライバルメーカーとのシェア争いと、弛まぬ技術の投入により性能アップが図られてきたが、ある意味その到達点を迎える。それが196712月に発表された「300SEL6.3」となる。それまでの4ドア標準モデルのホイールベースを100mm延長した「300SEL(W109)」のボディに「600(W100)」用のM100型・6329cc/250馬力・V8気筒SOHCエンジンを搭載した高性能モデルで、1740kgの重量級ボディを、0100km/h加速6.5秒を実現し、最高速度を229km/h迄引き上げ、スポーツカー並みの性能を発揮するモデルとなる。1955年のル・マンに於ける大惨事をきっかけにレース活動から身を引いていたメルセデスベンツだったが、その高い技術力はしっかりと引き継がれ磨き続けられている事を証明するモデルでもあった。この「300SEL6.3」の高い性能に反応し、2人のエンジニア、アウフレヒト(A)とメルヒャー(M)が中心となってグロースアスバッハ(G)1967年に創業開始したAMG(3つの頭文字を並べて社名としている)は、M100型エンジンを6.8まで拡大し、ピストン、カムシャフトを専用品に交換して420馬力まで引き上げた。このエンジンを搭載した「300SEL6.8AMG」は、1971年の「スパ24時間レース」でデビューすると、大方の予想を覆しクラス優勝を獲得、総合2位に入りメルセデスベンツ社の誇る高い技術力と、AMGの評価を大いに高める活躍を演じた。280SEクーペ」のバリエーションにも19698月、新たにV8気筒エンジン搭載モデルが追加され、それが今回入荷した「280SEクーペ3.5」となっている。このモデルでは、メルセデスベンツの象徴でもあるフロントグリルのデザインが直6エンジン搭載モデルに比べ、縦方向に短くされボンネットフードも低くされているのが特徴となる。2.5エンジン搭載モデルが発表されてから、僅か2年でV8エンジン搭載モデルが追加されたのは、北米市場でのアドバンテージを得るためと、高速化するアウトバーンでの優位を保つ為といわれている。ライバルのBMW1968年に2.52.8エンジン搭載モデルを導入し、ジャガーは更に大型エンジン搭載モデルを販売している中での強化策でもあった。280SEクーペ3.5」が搭載するエンジンは、M116型とよばれる水冷V8気筒SOHC16バルブとなる。ボア×ストローク92.0mm×65.8mmから3499ccの排気量を得る。ボッシュ製の電子制御Dジェトロニック燃料噴射装置を装備し、圧縮比9.5から最高出力200馬力/5800rpmと最大トルク29.25kgm/4000rpmを発揮する。頑強な鋳鉄ブロックに、軽量なアルミ製ヘッドが組み合わされるこのエンジンは、5ベアリングとデュプレックス・ローラー・チェーン駆動で、トランジスター・イグニッションを備えている。2.8エンジン搭載モデルが160馬力を発生するのに対し、3.5200馬力という控え目な発生出力にとどまるのは、北米輸出に対応したエミッション・コントロール対策の影響が想像出来る。組み合わされるトランスミッションは、4MT及びメルセデスベンツ製フルードカップリング式4ATとなり、通常の発進は2速発進となる。多くの欧州自動車メーカーが、ZFやボルグワーナーなど、変速機メーカー製のATに頼っていたのに対し、メルセデスベンツは、あくまでも自社製にこだわりを見せる。当時としては4ATであることだけでも珍しい上に、トルコンの代わりに構造的に単純となるフルードカップリングを採用することで、可能な限りシフトチェンジ時のスリップを抑える仕組みが採用されている。この結果、シフトショックは感じられるが、ダイレクトな加速感はマニュアルトランスミッションに劣らない。しかも近年のシングルクラッチ式2ペダルM/Tの様に、変速時に僅かにスロットルペダルを緩めるなど運転に慣れてくると、シフトショックを軽減することも可能となっている。足回りは、フロントはダブルウィッシュボーンによる独立式+コイルスプリング+スタビライザー、リアはシングルジョイントのスウィング・アクスル+コイルスプリングとなっている。ブレーキはフロント273mm径、リア279mm径のソリッドディスクが装備され、ダンロップ製キャリパーと組み合わされサーボを備えている。ホイールは4輪ともに6J×14インチのスチールホイールを装備し、メッキリムをもちセンター部分がボディまたはトップと同色に塗られたスリーポインテッドスターが付けられたホイールカバーが装着されている。組み合わされるタイヤは、185VR14サイズとなるが、今回入荷した車両には195/70R14サイズのミシュランが装備されている。インテリアは、ウッドとレザーがふんだんに用いられ、メッキパーツがアクセントとなるダッシュボードが備わり、シックなエクステリアとは対照的にとても煌びやかな印象となる。アイボリーカラーのセンターパッドをもつホワイトリムのステアリングは細身で大径となり、組み合わされるメッキ製ホーンリングがクラシカルな味わいを見せている。水平基調のダッシュボードの上に別体でメータークラスターを載せるスタイルは「300SLロードスター(W198)」を踏襲するものとなる。大径のタコメーターは左側に、スピードメーターを右側にレイアウトされ、それぞれ7000rpm240km/h迄スケールを刻む。その間には小型のコンビメーターがまとめられ、ダッシュボード中央の1DINサイズのステレオの右側には、小型で四角いアナログ時計が装備される配置も同様。時計も含めてメーター類は全て視認しやすいVDO製となっている。進化したベンチレーションシステムが採用される事で、快適性は格段の進歩を見せ、ステレオ下のエリアには純正のベーハー製エアコンの吹き出し口がレイアウトされている。センターコンソールにはパワーウィンドウのスイッチと、メッキプレートに囲まれたスタッガード式のATセレクターレバーが装備される。ATのポジションは通常とは異なり、手前から2-3-4-N-R-Pと配置されているのはメルセデス式となる。慣れるまで注意が必要となるが、慣れてしまえば使いやすいATでもある。たっぷりとしたクッションをもつシートは、リクライニング可能で、別体式のヘッドレストを備えレザー張りとなっている。リアシートは、+2以上のスペースをもちフル4シーター並みの実用性を備える。メルセデスベンツ社のラインナップ上、上位にポジショニングされるクーペモデルとなる為、その材質や作り込みには多くの配慮が感じら、見応えのある作り込みが施されたインテリアといえる。全長×全幅×全高は4880mm×1845mm×1420mm、ホイールベース2750mm、トレッド前1482mm、後1485mm、車両重量1200kgとなっている。燃料タンク容量は82、最小回転半径6m、新車時ディーラー価格は716万円(1971)となる。同じエンジンを搭載した「300SEL3.5」は648.5万円、「300SEL6.3」は833.5万円、「280SL」は470万円で販売されていた時代だった。「W111型」のコードネームをもつ「220SE」〜「280SE」まで全てのモデルで35931台が生産された。そのうち「280SE3.5」の生産台数は、クーペは3270台、カブリオレは1232台で合計4502台、1971年に生産された最終モデルは1026台となっている。メーカー公表性能値は、060mph加速は9.8秒、最高速度は205km/h(ATモデル)210km/h(MTモデル)となっている。停車している「280SEクーペ3.5」を遠目に眺めてみると、伸びやかに優しい直線でウェストラインが引かれ、ドアハンドルのすぐ下に並行してもう一本のラインが引かれているのがわかる。2本のラインは、前方は縦型ヘッドライトから始まり、後方は控え目に残されたフィンテール迄、ボディ前後いっぱいに引かれている。この2本のキャラクターラインは、デザインの初期段階のデッサンからも確認出来る。そして後方にたなびく様に切られた特徴的なホイールアーチと、立ち気味のAピラー上から始まるラウンドしたリアウィンドウをもつハードトップ形状など、どれもが柔らかみを感じさせながらシンプルな洗練されたバランスをもち、まるで経過した時間を感じさせないデザインとなる。クラシカルなフロントフェイスも良いが、斜め後方に回って7:3の位置から眺めてみると、これらの特徴がひとめで確認出来、最もこのクルマが魅力的に見えるアングルといえる。現代のクルマで言えば「メルセデスベンツCクラス」並みの大きさのボディとなるが、その存在感は全く異なるオーラを感じさせる。シンプルなメッキ製のドアノブに手をかけ、重みのあるピラーレスドアを引いてドライバーズシートに腰を下ろしてみる。見た目より硬めのシートは、しっかりと身体をホールドして細身のステアリングは、想像以上の大きさを感じさせる。このドライビングポジションから見える前方の景色は、ヘッドランプに伸びる2本のフェンダーの峰と、中央にスリーポインテッドスターのエンブレムが置かれた緩やかな丸みをもつエンジンフードがつくる特徴的なものとなっている。内側にウッドが貼られた細く立ち上がるAピラーや下方に向けて狭くデザインされたリアピラーにより全方位の視界はとても良い。スピードメーター下に位置するイグニッションキーを捻りエンジンをかける。直6とは異なる僅かに野生味を帯びたV8サウンドだが安定したアイドリングとなる。シフトゲートに沿って通常のATの「D」に相当する「4」を選んでアクセルを踏み込んで走り出す。通常通り踏み込む限り2速発進となるので、力強いというより滑らかにクルマは動き出す。もし坂道発進などで、力強い加速が必要な時は「2」を選択すれば、1速からスタートする事で力強い加速を見せてくれる。街乗りのスピード領域では、やや硬めの足回りを意識されられるかもしれないが、それ以上にしっかりとしたボディの剛性感が感じられるのは、この時代のメルセデスベンツならではと言えるかもしれない。パワー・アシスト付きのリサーキュレーティング・ボール式のステアリングは、切り始めが曖昧となるが、大径のハンドルの扱いに慣れれば、街乗りも難なくこなすことが出来る。シフトショックを感じさせるATは、チェンジ時に僅かにアクセルを緩めればスムーズなチェンジが可能となり、MT並のダイレクトな加速がメリットとなる。高速に上がれば現代のクルマと遜色ない走りを味わう事が出来、速度が上がるほどしっかりとした足回りと、安全にスピードを落とす事が出来る高性能なブレーキの性能も堪能する事となる。ステアリングに軽く手を添えていれば、高い直進安定性を示しリラックスして長距離をこなす事が可能となり、古くからのドイツの高い工業文化に支えられたメルセデスベンツの技術は、日本が自動車産業を加速させる遥か昔から、その高い性能を追求する為の努力を惜しまず続けられてきた事を感じさせる。走る、曲がる、止まるといったクルマの基本的な動きが、まだしっかりと確立されたクルマが少なかった時代に、豪華さや優雅さ、快適性までもが高い次元で満たされた仕上がりを見せている。「280SEクーペ3.5」は上質な造りのメカニカル部分を、無機質とはならないエモーショナルなクーペボディが包んでいるところがメルセデスベンツ社のラインナップの中ではとても貴重な存在となっている。併せて1952年から日本へのメルセデスベンツの輸入を、50年間に渡って担ってきた、ヤナセグループの「ウェスタン自動車」が輸入した最終モデルのディーラー車となる。生産されてから長きにわたり大切に維持されてきたポイントを随所に残す、これから先も永く残して行かなければならない一台となっている。