「911スピードスター」の元となるモデルというべき「356スピードスター」は、ポルシェの歴代ロードモデルの中で最も非現実的で、快適性に欠ける車であった。しかし簡素なソフトトップと申し訳程度の、傾斜のついたフロントウィンドスクリーンを持つボディは、安価であった為西海岸を中心に北米で人気となる。同時期アメリカ市場では人気があった、英国製オープン2シーターの影響で誰もが手軽に楽しめるスポーツモデルが流行っていた。「356スピードスター」はニューヨークでディーラーを所有していたオーストリア人のマックス・ホフマンのリクエストにより「356カブリオレ」の装備を簡略化した事で軽量化につながり、結果的に高い性能を手に入れ、3000ドルを切る価格が受けオーナーズリストには、ジェームス・ディーンやスティーブ・マックイーンといったハリウッドスター達も名を連ねていた。1952年から1958年頃まで進化しながら生産された。時代はながれて1986年6月「ポルシェ959」の開発をしたヘルムート・ボットにより「911スピードスター」の仕様が提案され、プロトタイプを作製し「964カレラ」の開発責任者となったフリッツ・ベツナーとの間で、試行錯誤が繰り返された。その後1987年9月フランクフルトショーにおいて、白いボディで同じく白く塗装されたホイールを装着した、カレラボディの「911スピードスター」のプロトタイプがデビューする。「911カブリオレ」をベースにかつて人気を誇った「356スピードスター」を彷彿させるデザインは、ショーの人気を博し、1989年のモデルイヤーからの生産がアナウンスされた。同会場にはフロントウィンドスクリーンの無い「クラブスポーツ・バージョン」も同時にお披露目され、この仕様に合わせた「ハード・トノーカバー」も展示されていた。「911スピードスター」は「356スピードスター」と同様に「911カブリオレ」をベースとして、フロントウィンドスクリーンを低くして、2シーターとし軽量化に配慮して開発された。コックピット後方のFRP製ダブルバブル形状のフェアリングは「911スピードスター」独自の形状となる。このフェアリングは空力も熟考されていて風の巻き込みも減らすなど完成度は、とても高い。低いフロントウィンドスクリーンは、最大のポイントとなり単に7センチ低く「911カブリオレ」より5度後方に角度が寝ているだけではない。ウィンドフレームがボディ同色で塗装された「911カブリオレ」とは異なり、Aピラーの存在を視覚的に消し去る事で、より軽快なボディに見せる効果がある。そして「ターボルック」のボディはボディ幅が広くなる為、相乗効果により更に低く蹲ったイメージとなり、高いコーナリング性能を想像させるものとなっている。簡易的な手動式ソフトトップはレイン・トップとも呼ばれ、重厚な「911カブリオレ」用のトップとは異なり、簡素で軽量なものとなっている。搭載されるエンジンは、1984年〜1989年まで製造された、ノーマルの「911カレラ・シリーズ」と全く同じものでボア・ストローク95mm×70.4mmで3164ccの排気量をもつ空冷水平対向6気筒SOHCとなる。このエンジンは231馬力/5900rpmと28.6kgm/4800rpmの出力、トルクを発揮する。(日本仕様は排ガス対策により225馬力/5500rpmと27.3kgm/4800rpmとなる)エンジン・パフォーマンスはノーマルでも、軽量化された「911スピードスター」に搭載される事により、その切れ味は全く異なりエンジンそのもののキャラクターが、生き生きと変化した様に感じられるものとなっている。組み合わされるトランスミッションは、930ボディ最終型と同じく、ボルグワーナーG50型5速マニュアルトランスミッションとなる。足回りは前ストラット式+トーションバー、後セミトレーリング式+トーションバーとなり、ブレーキは4輪ドリルドベンチレーテッドディスクとなる。全てに4ポッドアルミ製キャリパーが装備される。ロードカーにおいて、ベンチレーテッドディスクにドリルド加工を施して市販したのは「ポルシェ・ターボ3.3」が世界で初めてとなっている。タイヤは、ターボルックの場合、前205/55VR16、後245/45VR16となり7J/9Jのホイールと組み合わされる。この時代の911のホイールは、3000t油圧鍛造マグホイールとなっていて、ナットはチタニウム合金製で、十二分に高級品と呼ばれるモノが採用されている。メーカーはアルミ鍛造を世界に先駆けて行ったドイツのFUCHS社製となる。1984年〜1989年まで「911カレラ」のオプションとして採用された「ターボルック」とは、「ポルシェ・ターボ」にノーマル・カレラのエンジンを搭載したものとなる。したがって「911スピードスター」の場合も「ターボルック」モデルの場合ボディ形状だけでなく、サスアーム、ハブ、ブレーキ、タイヤ/ホイール、全て「ポルシェ・ターボ」と同じものが装備される。これによりエンジンパワーに対してシャーシ性能がより高くなり、名前のイメージより走らせる事に特化した、エンスージャストなモデルとなる。またターボチャージャーを搭載しないエンジンの為、リアヘビーが緩和され車両バランスも良くなり、より走行性能がアップすると考えられる。インテリアは「カレラ・シリーズ」と基本的には同じデザインとなり、4本スポークステアリングは、1985年以降採用されたものと共通となっている。シートはレカロ製ハイバック式で、サイドサポートが張り出し気味のスポーツシートを選ぶ事が出来、同デザインのパワーコントロール機構の無い、軽量タイプも選択可能となっていた。フロントウィンドウは根本から全て専用パーツとなっている。ガラス部分はハンドメイドで薄肉製品となり、細いフレームに接着により一体化されることで、自重を支えている。ボディ側にあるボルトで固定されているだけで、取り外しも可能となる。これはボディに加わる応力に対して、一切分担していない構造となっている。トータルで軽量化されている事でうまくバランスされ、ボディ前部の剛性感は「911カブリオレ」を凌ぐ感じさえ漂わせている。サイドウィンドウは量産型911とは異なり三角窓が無い、背の低い特製タイプで厚みも薄くされている。製造台数が少ないにも関わらず、特製パーツが多用されるが、市販価格は「911カブリオレ」と「911カレラクーペ 」の中間となる。新車時価格「911スピードスター」1000万円、「911スピードスターターボルック」1170万円。(911カレラクーペ
850万円、911カブリオレ1050万円) 全長×全幅×全高は4291mm×1651mm×1320mm(ターボルックは全幅が1775となる)、ホイールベース2272mm、トレッド前1369mm、後1405mm(ターボルックは前1432mm、後1501mmとなる)車両重量は1170kg。(ターボルックは1190kgとなる) ヘッドランプを起点としたフェンダーラインが綺麗な弧を描いてリアコンビネーションランプに繋がるラインは「911スピードスター」が911カレラシリーズ中際立っている。「カレラクーペ
」から約70kg(実際の重量差は100kg前後にも達すると言われている)軽量化されたそのボディは、屋根を取りさる事で相対的に重心高が低くくなり、ステアリングの反応は鋭く、限界も高くなっている。この軽量化は加速やブレーキ性能にも有利に作用していながら、ボディ剛性に不足を感じる事はない。軽量・低重心・2シーターとなる「911スピードスター」は、どの時代の911とも全く異質の走りを体感させてくれる。60年代の911の様に身軽で、70年代の911の様に軽々と吹け上がり、80年代の911の様に安定している。思うがままにアクセルにより、軽々とスピードアップ出来、ステアリングを手首で一捻りするだけでノーズがコーナーに吸い込まれる様に走る。本物のスポーツカーとはこういうもの、こういう動きをするという見本の様なクルマになっている。充分スポーティな「カレラクーペ
」でも「911スピードスター」の前では、まるで重たいセダンの様に感じてしまうだろう。同じエンジンを搭載した「911カレラ」シリーズの中で最も軽快で最も速い、スパルタンなオープンスポーツとなる。総生産台数は2103台(2065台という説あり) となり、大半はターボボディとなる「ターボルック」でナローなカレラボディは171台となっている。