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ザガートスパイダー
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メーカー
フィアット
ミッション
マニュアル
グレード
ザガートスパイダー
ボディタイプ
外装色
ブルー
年式
1960 年型
走行距離
不明
乗車定員
2 名
サイズ
長 355 cm 幅 143 cm 高 95 cm
エンジン形式
排気量
750 cc
馬力
47
トルク
車検
ハンドル
駆動区分
後輪駆動
輸入区分
中古並行輸入
内装色
グレー
燃料区分
ガソリン
幌色
ブラック

1949年、カルロ・アバルトにより設立されたアバルト社は、彼の誕生月が蠍座だった事からそのエンブレムに蠍をあしらい、ショーカー及びレーシングカーを製作する一方で、その名が知られていたエキゾースト・システムなどの製造販売を主としていた。1955年のジュネーブショーに、ダンテ・ジアコーザ技師設計によるベーシック・カー、「フィアット600」が発表されると、これをベースとしてアバルト社は以後10年以上にわたり、そのチューニング技術を活かし、より魅力的なクルマに仕上げてデリバリーする事を始める。フィアット600が発表された翌年1月、のブリュッセルショーで、アバルト社は「フィアット600デリヴァツィオーネ・アバルト750」を発表する。デリヴァツィオーネとは「派生」を意味し、車名は「フィアット600派生のアバルト製750」という意味になる。ボディはフィアット600のモノを用いながらも、そのエンジンは4気筒OHV633ccから747ccに拡大され、ベース車の約2倍となる42馬力を絞り出して見せた。更に同年ジュネーブショーのアバルト社のブースには、フィアット600のフロアパンにミラノのカロッツェリア・ザガート製の軽量アルミボディを架装した「アバルト750ザガート」が展示された。フィアット600に比べると50kgも軽い535kgとなったボディは、この時点では特徴的なダブルバブルルーフでは無く、リアのエンジンリッドも後のレコルトモンツァ同様、1つのエアスクープしか持たない形状とされていた。「アバルト750ザガート」が量産化されるようになると、航空力学を得意とするカロッツェリア・ザガートは空力を追求するあまり車高を低く設定し過ぎた事で、身長188cmのカルロ・アバルトはヘッドクリアランスの不足を訴えた。これにより、低い車高を保ちながらもクリアランスを確保出来るルーフ形状、ダブルバブルが採用された。軽量ボディにハイチューン・エンジンを備えた「アバルト750ザガート」はその後、何年にもわたって数多くのレースやラリーで好成績を残し、イタリア国内にアバルト社の存在を知らしめる事となった。その中でも特筆すべきは1957年のミッレミリアで、アルフォンゾ・ティエーレが117.925km/hでクラス優勝するとともに、同レースに参加していたアバルト車も健闘し、全てが完走を果たすという快挙を成し遂げた事だろう。当時のフィアット社主ヴィットリオ・バレッタは「フィアット・アバルト」名義でエントリーしたレースで優勝した際には、賞金を与えるという契約をカルロ・アバルトに提供していた。1971年にアバルト社がフィアットに吸収されるまで、この関係は続く事となる。「アバルト750ザガート」に搭載されるエンジン(ティーポ219)は、ボア・ストロークが61mm×64mmとなり、フィアット60060mm×56mmからそれぞれ拡大され、747ccの排気量をもつ。圧縮比は7.5から9.8に高められ、ダウンドラフトのシングルウェーバー32IMPEを備え、最高出力43馬力/5800rpmと最大トルク6.2kgm/5000rpmを発揮する。フィアット600のエンジンは、簡素な鋳鉄製クランクシャフトを用いてきたが、ティーポ219型エンジンでは鍛造削り出しの、フェラーリV12エンジン設計で知られるジョアッキーノ・コロンボ設計によるクランクシャフトが採用されている。またカスタマイズされたピストンやコンロッドとともに吸排気系のチューニングにより高性能を確保している。1961年のフィアット600D(フィアット600の進化型)のエンジンが排気量アップするのに伴い、ティーポ219型エンジンのノウハウの80%が用いられ、残り20%はコストの為に採用出来なかったという、アバルト社のチューニング技術を物語るものとなった。「アバルト750ザガート」はこのティーポ219型エンジンと4速マニュアルミッション、軽量空力ボディにより、その最高速度を150km/hとしていた。足回りはベースとなるフィアット600の型式を流用し、前が独立ウィッシュボーン+横置きリーフスプリング、後がスウィングアーム+コイルスプリング+油圧ダンパーとなり、ブレーキは4輪ドラム式となっている。ホイールはスチール製となり専用のアルミ製センターキャップが付く。タイヤサイズは前後ともに5.20-12となる。ドライビングポジションは、ベースとなるフィアット600より頭ひとつ分、ドライバーの目線が低くなるポジションとなる。細身の大径3スポークステアリングを装備し、正面にイェーガー製タコメーターを配置するメータークラスターを置く。フィアット600の名残でシートに挟まれたシフトレバー後方の低い位置にスターターとチョークのコンビレバーが配置される。「アバルト750ザガート」の新車時価格は1958年当時、イタリアで1535千リラとされ、1956年〜1958年までに四百数十台が生産されたといわれている。この「アバルト750ザガート」の特徴的なダブルバブルのルーフを取り払い、オープンボディとしたモデルが「アバルト750スパイダーザガート」となる。デビューは1957年トリノショー。オープン化されたボディはベースとなるベルリネッタとそれほど変わらず、フロントウィンドウを支えるピラーはベルリネッタ同様にボディから立ち上がり、リアフェンダー上にはフィン形状のデザインが採用されていた。また、スパイダー化によりフラットになったリアデッキをもち、そのデッキから続くエンジンフードに吸気の為のエアスクープが新設される。これらはカロッツェリア・ザガートの手作業によるアルミ成形で成り立っている。このオープンボディのスパイダーザガートは、複数のボディデザインがあり、メジャーなベルリネッタボディの「アバルト750ザガート」とは異なり、それぞれ少量生産されたコレクターズアイテムとなる。今回入荷した個体は、新車時からアメリカに存在した珍しいエンジンフード形状をもつモデルで、純正ステアリングをはじめオリジナル度の高い個体となる。アバルト750シリーズは、ヨーロッパをはじめアジア、中米に輸出され、中でもその生産台数の6割をアメリカに輸出していた。スパイダーボディであっても簡易的な幌ではなく、シート後ろのラゲッジスペース背後に、立派な折り畳み式のソフトトップを収納装備している。搭載されるエンジンはティーポ219型エンジンの中でも最強とされる、ヒルクライム或いはショートサーキット用とされる特別仕様の47馬力/6000rpm5.88kgm/4500rpmを発揮するものとなる。ボディ構造変更に伴いベルリネッタより10kg軽い525kgのボディを4速マニュアルトランスミッションにより、最高速度160km/hまで引っ張る性能を持つ。ボディサイズは全長×全幅×全高が3480mm×1340mm×1210mmα、ホイールベースは2000mm、トレッド前1150mm、後1160mm。新車時価格は1958年当時のイタリア国内ては「アバルト750ザガート」と同価格となっている。ダブルバブルのルーフラインがスパイダーには無いが、その代わりに明るい空と絶大な解放感、そしてスピード感あふれる風を存分に感じる事が出来る。フロントの丸いフェンダーの峰の先にはカバーにおおわれた丸型ヘッドライトが付き、リアフェンダーの先はテールフィン形状とされ、小型のテールランプが付く。小さいとわかっていても、改めてクルマを停めて振り返ると愛らしさが感じられる、古き佳き時代のデザインとなる。またその小ささは軽さとつながり、加速、減速、コーナリング全ての動きに軽快感を生み出し自分の身体との一体感を覚える。エンジンをかければその大きさに反して、威勢の良い乾いたエキゾーストノートはマルミッタ・アバルトならではのもの。EVが増殖する現代に、ヴィンテージカーのオリジナリティあふれるデザインや、生き生きとしたエンジンのサウンドに魅力を感じ、多くのクルマが集まるミーティングが増えている。他のオーナーとけしてカブる事のない希少な車種は、きっとその場の空気を盛り上げ彩を添える、エンブレムの蠍の様に見た目は小さくてもスパイスの効いた存在となる事だろう。