フィアット124スポルトクーペ
シリーズ2
エンジンオーバーホール、ピストン、シリンダーヘッド、カムシャフト、クランク、コンロッドメタル、ウォーターポンプ、オイルプレッシャーセンター、タイミングベルト、テンショナー等交換しております。
︎「フィアット」の創設者ジョバンニ・アニエッリを重役として支え、第二次世界大戦後の難しい時期を乗り越えて、後を引き継ぎ社長となったのはヴィットリオ・バレッタ。1946年には5000台だった生産車両を、20年後の1966年には140万台にまで引き上げるとともに、自動車産業のみならず、重工業、機械工業等、幅広く携わる「フィアット」を、イタリア経済の潜在工業力の11%を占めるマンモス企業に迄成長させた。当時「フォルクスワーゲンはドイツ国民が所有し、ルノーは国有。ところがイタリアはフィアットに所有されている」と揶揄される程だった。そこまで「フィアット」を成長させたバレッタから1966年に経営を引き継いだのは、創設者の孫にあたるジャンニ(本名は祖父と同じジョバンニだが、区別する意味でジャンニとよばれている)・アニエッリだった。自身14歳の時に、父エドゥアルド・アニエッリを飛行機事故により失ったジャンニは、トリノ大学法学部を卒業し22歳で「フィアット」に入社、バレッタの元で副社長として働き始める。法学部を出ている事から、イタリア語で弁護士を意味する「アヴォカート」の愛称で呼ばれる事も多い。いずれ「フィアット」を背負う人間である事を自覚しつつも、23年後に社長の座に着くまで会社は主にバレッタに任せて、ニューヨークやパリ、コートダジュールやエーゲ海を股にかけ政治家や実業家、多くの富豪達と交友を深めた。プライベート・ジェットで世界を飛び回り、スキーやヨット、大好きなクルマで遊び、多くの浮き名を流した。31歳の時に猛スピードでドライブ中、モンテカルロ近くのトンネル手前でトラックと衝突事故を起こし、足の骨を粉砕する大怪我を負う。その後は障害が残り、歩き方や動作にそれが見てとれた。その足を固定する為か、スーツ姿の時でもふくらはぎ迄あるスウェード製のブーツや、編み上げのドライビングシューズを愛用し、腕時計をワイシャツの袖の上に嵌めるスタイルを好んだ。クラシックな佇まいに何処か遊び心を加えるところや、力を抜いた姿態は独特のセンスの良さを感じさせ、イタリア人の憧れる最もイタリア人らしいカリスマ性をもった人物でもあった。ジャンニが社長に就任した年に登場したニューモデルが「フィアット124」となり、開発コードがそのまま車名に使われた「フィアット」最初のモデルとなる。「フィアット124」は、装飾を排したボクシーなデザインのボディをもち、機能を優先したモデルで、それ迄の「1100D」と「1300/1500」の間に位置付けられる。セダンとステーションワゴン・ボディが用意され、1967年にはフィアット車としては初の「ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞したモデルでもある。その「フィアット124」シリーズにスパイダー・ボディが加わったのは1966年秋のトリノショーで、それまでの「1500/1600Sカブリオレ」に代わるモデルとなった。「フィアット124スポルトスパイダー」の車名をもち、その美しいボディデザインは、カロッツェリア・ピニンファリーナが担当し、同社に在籍していたトム・チャーダによるものとなる。トム・チャーダは、カロッツェリア・ピニンファリーナに在籍する前後にカロッツェリア・ギアで働き、その後期にはアレッサンドロ・デ・トマソ傘下にあったギアで、ショーモデル「いすゞベレットMX1600」をデザインし、続けて代表作となる「デ・トマソ・パンテーラ」を生み出した。そして「124スポルトスパイダー」発表の翌年、1967年春のジュネーブ・ショーで、2ドア・クーペ・ボディの「フィアット124スポルトクーペ(124AC型)」が追加発表される。直線を活かしたボディ・デザインはカロッツェリアによる「124スポルトスパイダー」に対して、社内デザインとされ「850クーペ/スパイダー」の関係と同様となっている。「124スポルトクーペ」のボディデザインは、カロッツェリア・ギア在籍時に「ランチア・アウレリアB20」や「カルマン・ギア」等を手がけたマリオ・フェリーチェ・ボアノによるもので、フィアット技術部門のマネージャーだったダンテ・ジアコーサの招きによりフィアット・デザイン部門のチーフを任されていた。セダンボディから85mm長く、59mm幅広く、80mm低いディメンションをもつ高剛性の2ドア・モノコック・ボディは、セダンと同じ2420mmのホイール・ベースが用いられた。「124スポルトクーペ」のボディは、丸目2灯のヘッドランプと低めのウェストライン、広いグラスエリアをもち、空力特性に優れたコーダトロンカ形状に仕立てられたリアセクションを特徴とする、エレガントな成り立ちをもつフル4シーター・モデルとなる。「124スポルト・スパイダー/クーペ」が発表当初、搭載していた1.4ℓ・DOHC4気筒エンジンは、フェラーリの12気筒エンジンも設計していたエンジニア、アウレリオ・ランプレディの設計となる。このエンジンは「フィアット124セダン」が搭載していたランプレディ・ユニットと最初によばれた1.2ℓ・OHV4気筒・60馬力エンジンをベースにしたものとなっている。鋳鉄ブロックに、アルミ製DOHCヘッドを載せ、エンジン性能を維持する為のバルブクリアランス調整を、カムシャフトを抜かずに容易に出来るアウターシム方式で設計され、カムシャフトの駆動にコックド・ベルトを採用しているところが特徴のエンジンとなる。このフィアット製4気筒・DOHCのランプレディ・ユニットは、後に1.8ℓ化されたエンジンを用いて、アバルトによる「アバルト124ラリー」でWRCに参戦、2ℓ迄排気量をアップし16バルブ・ヘッド化されて「131アバルトラリー」に搭載してWRCのタイトルを獲得するのに留まらず、スーパー・チャージャーと組み合わされ「ランチア・ラリー」に、またターボ・チャージャーと組み合わされ「ランチア・デルタ・インテグラーレ」に搭載されるなど高い潜在能力を長期間に渡って発揮し多くのモデルに搭載された。「124スポルトクーペ」に搭載されるエンジンは、ボア×ストローク80mm×71.5mmから1438ccの排気量をもち、ウェーバー34DFHキャブレターを装備して、最高出力90馬力/6600rpm、最大トルク11.0kgm/4000〜5000rpmを発揮する。4段MTと組み合わされ、最高速度170km/hの性能を誇った。軽快な足回りと正確なステアリング、確実な4輪ディスクブレーキを装備して卓越した走行性能を実現していた。クラシカルな木目調のダッシュボードを備えるインテリアは、落ち着いた印象で仕上げられ、セダン並みの居住空間もアピール・ポイントとしていた。960kgと比較的軽量なボディと高い操縦性、安価なプライスで好評を博したモデルとなっている。1969年秋に「シリーズ2(124BC型)」へとマイナーチェンジを受けた「124スポルトクーペ」は、ボディのフォルムを維持しながら、それ迄の丸目2灯から大きく印象を変える4灯ヘッド・ランプをもつフロントグリルが採用された。それは同じ1967年にデビュー果たし、1969年に2ℓの排気量から2.4ℓ化されたエンジンが搭載された、同社の「フィアット・ディーノ・クーペ」にも似た印象を漂わせたものとなっている。フロントマスクの印象のみならず、それ迄、細身で「ランボルギーニ・エスパーダ」と共通だったテール・ランプは大型化され、バンパーも太めのモノに変更されている。また従来の1.4ℓエンジン搭載モデルと、新たに1.6ℓのパワーユニットが搭載されたモデルも加えられた事により、124シリーズのイメージリーダーとして位置付けられ、1970年代に向けて着実に進化を遂げたモデルとなっている。今回入荷した1972年式「フィアット124スポルトクーペ シリーズ2(124BC型)」に搭載されるエンジンは、ボア×ストローク80mm×80mmから1608ccの排気量を得る、水冷・DOHC4気筒8バルブとなる。このエンジンは、本来「124」の兄貴分にあたる「125」に搭載されるエンジンで、ウェーバー・キャブレター1基を備え、90馬力を発揮していたランプレディ・ユニットをベースとしたもの。「124スポルトクーペ シリーズ2」に搭載するにあたり圧縮比を8.8から9.8にアップし、ツイン・キャブ(ウェーバーIDF40×2)化、吸排気系の見直しにより、最高出力110馬力/6400rpm、最大トルク14.0kgm/3800rpmを発揮する。組み合わされるトランスミッションはフルシンクロ5段MTとされ、そのレシオは1.4ℓエンジン搭載モデルよりクロスしたものとなる。フロントのエンジンルームに縦置きされたエンジン・ミッションから、ドライブシャフトを伸ばしリア・ディファレンシャルを介してリア・タイヤを駆動するFR方式となっている。︎足回りはフロント・ダブルウィッシュボーン式+コイル、リア・トレーリングアーム式+パナールロッド+コイルとなる。足回りの味付けは、マイナーチェンジに伴いより、スタビリティ重視の方向へリセッティングされたといわれている。サーボ付きデュアル・サーキット式が採用されたブレーキは、4輪共にディスク・ブレーキが装備されている。タイヤサイズは前後共に165SR13となる。今回入荷した車両には「フィアット・ディーノ・スパイダー」が装備するアルミホイールと同デザインの、純正オプションとなる貴重なクロモドラ製5J×13インチ径のホイールが装備され、185/70R13サイズのタイヤが組み合わされている。インテリアは、2本スポークのウッドステアリングを通して正面に大径の左にスピード、右にタコメーターがレイアウトされている。タコメーターの右側には小径の燃料、油圧、水温の3連メーターが並び、メーター類は全て黒地に白文字が美しいVEGLIA製となる。インパネは、初期モデルと共通のレイアウトとなるが、シフトノブまわりと併せて、ウッドパネルからブラックパネルに変更されたフェイシアにより、モダンな印象に一新されている。ハンド・ブレーキの元にあるスライド・レバーは、ヒーター/空調装置のコントローラーとなる。シートは、見た目とは全く異なり高いホールド性をもつ丁寧な造りのローバック型となり、細身のピラー類と広く確保されたグラスエリアによりルーミーなキャビンとなっている。後席は2+2では無く完全な4シーターで、大人が長時間乗車可能な居住性をもち、バックレストのホールド性も高い。今回入荷した車両には、ナルディ製の同社の60周年を記念したウッドステアリング「アニバーサリー60ウッド」が装備されている。格調高いデザインによりキャビンがいちだんと華やかにグレードアップされている。全長×全幅×全高は、4123mm×1670mm×1340mm、ホイールベースは2420mm、トレッド前1345mm、後1316mmで、車両重量995kgとなる。燃料タンク容量は45ℓ、最小回転半径は5.85mで、新車時価格は171.5万円(1971年12月)となっている。※この当時フィアットの輸入元は西武自動車で、日本仕様として導入されていた「124スポルトクーペ」に搭載されるエンジンは、1.4ℓのシングル・キャブレターを装備したモデルのみとなり、今回入荷した1.6ℓ・ツインキャブ・モデルは、日本では希少なモデルとなっている。1972年に再度マイナーチェンジを受けた「124スポルトクーペ(124CC型)」は、新たな1.6ℓエンジンを搭載し、1.8ℓエンジン搭載モデルを加えながら1975年迄生産され、およそ8年間で約28万6千台が生産された。1.6ℓエンジンを搭載した「フィアット124スポルトクーペ シリーズ2」の、メーカー公表性能値は、0→400m加速17.0秒、最高速度180km/hとなっている。︎「ポルシェ」「フェラーリ」「ランボルギーニ」といったメーカーによる高級スポーツモデルに対して、等身大のスポーツモデルをメインに製造する人気のメーカーは、イタリア製なら「アルファロメオ」「ランチア」そして「フィアット」。その中で、60年代から70年代にかけて「4気筒のDOHCエンジン搭載のクーペ」といえば、真っ先に挙げられるのは「アルファロメオ・ジュリア・クーペ」だろうか。魅力的なジュジャーロによるボディデザインと多くのバリエーションにより、現在でも数多くの個体が現存する。「ランチア・フルビア・クーペ」は?…ラリーが好きな人にとってはメジャーなモデルと言えるかも知れないが、搭載される狭角V4エンジンと併せてマニアックなモデルといえる。「フィアット124」といえば製造期間の長かった「スパイダー」の知名度が高いかもしれない。だけど改めて今回入荷したチェレステに塗られた「124スポルトクーペ」を見てみると、その存在感に改めて気付かされる事がある。5ナンバー・サイズにおさめらたボディは、スムーズなラインにかたどられたフラットな面構成をもち、モダンなデザインにより広いキャビンを重く感じさせない軽快さで仕立てられている。ドアを開いて小ぶりなローバック・シートに腰を下ろすと、見た目とは全く異なり、その座り心地とホールド感に驚かされる。この時代のイタリア製GTの雰囲気を充分に感じさせる、メーター類とウッド・ステアリングとなるが、ややステアリングが遠くなるドライビング・ポジションもイタリア製ならではとなる。キーを捻り、エンジンをかけて、絶妙な配置のペダルと小気味良いシフトを操作して走り出す。とても開けた視界と、不自由を感じさせない操作系のおかげで、タウンスピードでもストレスを感じることは無く、充分な扱い易さを見せてくれる。1.6ℓエンジンは、とてもスムーズにレスポンスし、スピードを上げる毎に安定感を増すのが感じられる。正確なステアリングを操ってのワインディングでの走りでは、卓越したロードホールディング性能を発揮し、4輪に装備した確実なディスクブレーキと併せて、どういうシチュエーションで鍛えられたクルマなのか、容易く想像出来るだろう。日本では「500」や「600」というミニマムなRRのコンパクトモデルをメインに生産するメーカーとして知られる「フィアット」だが、勘所を押さえたドライビングに夢中になれるセッティングを見せられると、かつてはグランプリ・レースにもエントリーしていたメーカーだという事を思い知らされる。「フィアット124スポルトクーペ」は、メジャーなスポーツ・モデルの様に、そのキャラクターに頼る事なく、それをチョイスしたオーナー自身にスポットライトが当たる、数少ないヨーロッパ製の小型クーペといえるのかも知れない。見た目の派手さは無くて、必要なところにオーナーのみが実感出来る、頼りになる骨太な設計が随所に感じられる。その上とても使いやすい。長く付き合う程に、替わりを見つける事が難しい深い魅力に溢れたスタンダードなモデルと言えるのかも知れない…